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作者: 甲斐てつろう
#3
『ヒーローに、ならなきゃ。』
その後、掃除を終わらせた快は急いでバイトへ向かっていた。

「はっはっ……」

走って向かう彼の心は少し晴れていた。
一人でも夢を理解し応援してくれるのだ。
それだけで嬉しい事この上ない。
今なら辛いバイトも楽しく出来てしまう気がする。

「おはようございますっ」

いつもより元気にバイト先であるチキン店の従業員用出入口に入ると先輩ともう一人見慣れない男がそこにはいた。

「なんかいつもより元気じゃん」 

快のいつもと違う態度に驚きながらも先輩は隣にいる男の紹介をした。

「コイツ今日から入る新人。挨拶して」

そう言われて新人の顔に注目してみる。

「っ……!!」

その正体に気付いた快は絶句してしまった。

「マジで快じゃん、俺のこと覚えてる?」

気さくに話しかけて来る、その野太い声に吐き気がする。

「俺だよ俺、"横山純希(ヨコヤマジュンキ)"!小学校で同じクラスだったさー!」

その正体を理解した途端、快の脳裏には今日の瀬川の言葉が過ぎる。

『昔イジメてきた奴らも見返せるように頑張れよ!』

まさにこの横山純希こそかつて快をイジメていた張本人なのである。

「(コイツ……!)」

あまりの怒りにキツく歯軋りをしてしまった。





出勤するといきなり純希にフライドチキンの作り方を教えなければいけなくなった。

「えっと、まず部位ごとにパーツを分けて……」

出来るだけ丁寧に教えていくがどうしても純希の視線が怖くて萎縮してしまう。

「え?今何て言った?」

その分声が小さくなってしまったようで聞き返して来る。
その声の大きさに少し驚いてしまった。

「あっ、部位ごとにパーツを……」

余計に声が小さくなってしまう。
すると純希が突然笑いながら肩を組んできた。

「何だよ久しぶりで緊張してんのかー⁈そんな必要ねーって!」

「〜〜っ」

完全に固まってしまった。
すると先輩に見つかって軽く注意される。

「遊んでんじゃねーぞー」

すると純希も軽く返事をする。

「さーせーん」

ヘラヘラと笑っている純希に更に怯えてしまう。
この雰囲気、完全に小学校の頃に戻ったようだ。
かつての純希とのやり取りを思い出してしまう。

『お前みたいな弱い奴がヒーローになれる訳ねーじゃん!』

そう言われた事を忘れてはいない。
他の皆にも共にバカにするように勧めて一緒になってバカにした事も。

「っ……」

快は先程の愛里との会話でやっとヒーローのスタートラインに立てたのだと少し自信が持てた。
しかし純希にまた否定されてしまうのではと感じて不安で仕方なかったのだ。

「お前ちょっと変わった?」

すると純希がそのような事を口に出す。

「高校生にもなりゃ流石の俺もちったぁ変わったけどよ、お前は見るからに落ち着いてる」

少し嫌味にも感じたが確かに彼は変わってしまった。

「俺は暗くなっただけだよ」

変わったという気持ちを純希に伝える。

「でも純希は本当に変わったよ、昔とはまるで別人だ……」

以前はイジメて来るような人物だった。
しかし今はそんな事まるで無かったかのように明るく接して来るのである。

「何だ、成長してるって言ってくれるのかぁ〜?」

勢いよく肩を組んで来る純希に対してその肩を震わせてしまう快。

「(その態度が逆に怖いんだ……)」

まるで過去の嫌がらせなど無かったかのように明るく接して来る彼を心が受け付けなかった。





一通りチキンの作り方を教えると今度は先輩がより難しい清掃などの仕事を教える番となった。
その間、快は一人でチキン作りを任されるが純希と先輩の会話が嫌でも耳に入って来る。

「へー、レスキュー隊員目指してるんだ」

「そうなんすよ、ヒーローみたいでカッコよくないっすか?」

「確かにヒーローだなぁ」

将来の夢の話をしているのが聞こえる。
イジメっ子がヒーローなどという言葉を使っている事に腹が立つ。

「(絶対俺の方が凄いヒーローになってやる……!)」

瀬川に言われた"イジメっ子を見返してやれ"という言葉を思い出して自分を奮い立たせる。
すると先輩が純希に気になる話題を振った。

「そうだヒーローといえばさ、ゼノメサイアとかどう思う?話題なりまくっててさ、ヒーローかどうかって言われてるよね」

その言葉に快は思わず反応してしまう。
もしかするとここでゼノメサイア、つまり今の快のヒーローとしての印象が聞けるかも知れない。

「あー、ゼノメサイアっすか……」

ドキドキしながら純希の反応を待っているが望んだ答えは返って来なかった。

「アイツお気にのビリヤードカフェ壊したんすよ、罪獣ぶん投げて!許せないっすわ……!!」

その言葉を聞いて快は思い出す。
歌舞伎町の辺りに罪獣バビロンを無我夢中で投げ飛ばした事を。
その時に純希の好きな店を潰していたと言うのか。

「あんなのヒーローじゃないっすよ……」

ハッキリと純希はそう言った。
見返せていないという事が分かった瞬間だ。

「…………」

思わず手が止まってしまう。
やっとヒーローに近づけたと思った矢先にこう言われてしまったのでショックが大きかった。
すると道具を取りに快の近くを通りかかった純希が快に対して言った。

「お前は良いヒーローになれるよう頑張れよ」

優しく肩を叩いて応援するような発言をする。
しかし彼は知らない内に快の夢を否定していたのだ。

『お前みたいな弱い奴がヒーローになれる訳ねーじゃん!』

それと同時にこの発言も思い出し余計に辛くなる快であった。

「……どうした?」

「いや、何でもない……っ」

震える様子の快に純希も心配するような様子を見せたが心理までは分からなかった。





バイト後、快は家の近くの梅林公園の丘、通称"カナンの丘"に来ていた。
月と星に照らされるカナンの丘で一人座っている。

「(ダメだ……)」

よくないと分かっていてもどうしても考えてしまう。
純希を見返したいという事はつまりは純希にも必要とされるヒーローになりたいという事。
しかし先程聞いた話によるとどうも純希は自分であるゼノメサイアに怒りを表している。
当然叶えられた訳がない。

「はぁ……」

せっかく愛里といい話が出来たと思った矢先にこれなので溜息しか出ない。
苛立ちが沸いてくるが純希の気持ちも分かるようになってしまったためこの苛立ちをどこにぶつければいいか分からなかったのだ。

『は?バ先に純希が来たぁ?』

「今までの事なかったみたいに接して来てさ……」

とりあえず電話で瀬川に気持ちを伝える事にした。
彼も以前の純希の快への仕打ちは知っているので共感してくれると踏んだのだ。

『イジメる側は遊びのつもりって話よく聞くからな、そんなつもりは無かったって感じなんだろ』

「しかもレスキュー隊目指してるって言っててヒーローとしても先越されそうでさ……」

『あんなヤツに助けられたくねーよ……』

そして話題は今の快の心情へ。

「純希にも認められるようなヒーローになりたいけどさ、今のままじゃ上手くやれる気がしないんだ……」

ゼノメサイアとして憎まれた事などを思い浮かべながら語る。

「あいつゼノメサイアを憎んでた、好きな店壊したからって。どうしても悪い所が目立つといくら頑張ってもヒーローとして認められない」

『確かにな』

「はみ出しモノは俺たちの方なんだよ、純希の方が世間的には普通なんだ。現に純希は先輩に好かれてたし昔もクラスメイトといつも仲良くしてた……」

それに気付いてしまった。

「俺がイジメられたのも今回のゼノメサイアと同じ、純希にとって不快な事をしたからなんだ……」

どうしてもネガティブな考えが頭を過ぎってしまい止まらない。

「アイツは多分いい奴なんだ、それがより大人になったってだけでダメなのは俺の方だったんだよ……っ」

『おいおい、ネガティブ思考すぎるだろ……』

「俺みたいなヤツがヒーローになれる訳がない……っ!」

つい卑屈になってしまい瀬川も思わず黙ってしまう。

「ごめん、つい……」

『良いんだよ』

そして瀬川は慰めるように言葉を連ねる。

『今納得できるか分かんねぇけどさ、少なくとも俺はお前にヒーローになって欲しいぜ?』

「うん……」

『世間がどう言うかよりさ、ソイツらよりお前を分かってくれる人がどう言うかを大切にしろよな』

「そうだね……」

その言葉を言われて頭に浮かんだのは愛里の顔。

「うん、なるべくそう思えるようにしたい……」

『ん、じゃあ頑張れよ。俺は風呂入ってくるから』

そう言って瀬川は電話を切った。
そのまま快はスマホの画面を操作し始める。

「(あれ、何やってんだ俺……)」

気付いたらクラスのグループLINEから愛里を登録し真っさらなトーク画面を開いていた。
彼女と良い話が出来たため無意識に指が動いていたのかも知れない。

「(何だよ、慰めて欲しいのか……?)」

こんな弱い自分にもつくづく苛立つ。
そしてどんなLINEを送ろうか考えていると。
プルルルル……
スマホに着信が入る。

「ん、また瀬川か……?」

しかし着信画面を見ても相手は"非通知"。
しかも夜十一時を回っている。
こんな時間に掛けて来ること自体非常識だが逆に気になったため出てみる事にした、緊急かも知れない。

「……もしもし?」

元気なく電話に出ると対照に明るい声が聞こえた。
ボイスチェンジャーを使っているのか素の声は分からないが明るい男性だと推測できる。

『やぁ、創 快くんだね?』

「……えっと、どちら様ですか?」

『まだ知る必要はないよ、それより伝えたい事がある』

快の問いについては答えてくれず自分の話したい事を一方的に話して来た。

『まさか君に神の心が宿るとは、予想外だった』

「神の心……?」

『心当たりはあるんじゃないかな?ゼノメサイアの事さ』

そう言われて快は衝撃を受ける。
まさか正体を知っている人物がいるとは。

『怖いかい?正体を突き止め次第捕らえると政府は発表したからね』

「…………」

しかし快にはそれ以上にショックな事があった。

「俺がなったのって予想外なんすか……?」

その事だ、何か事情に詳しいであろう人が予想外と言うのだから自信が無くなってしまう。

『あぁ、全くの想定外だよ。永い輪廻の記録からもね』

正直細かい内容までは何を言っているのか分からなかったが兎に角ゼノメサイア等の事情に詳しい人から想定外と言われた事がショックだった。

「そうすか……」

すっかり自信を失くして項垂れてしまう。
しかしそれを気にせずとも電話越しの相手は話を続けた。

『それで本題に入るんだけどね、今から君の近くに罪獣を出現させる予定なんだ』

「え……?」

思わず固まってしまう。
彼は今確かに"罪獣を出現させる"と言った。

「出現させられるものなんですか……?」

『全ては我々が管理している、朝飯前だよ』

その言葉に余計に衝撃を受けてしまう。

『まだ我々には君の情報が圧倒的に不足している、管理下の中で君という存在を存分に示してくれ』

その言葉を最後に電話は突然切れた。

「あっ、もしもし?もしもし⁈」

何度も聞き返すが聞こえるのは通話が切れた音のみ。

「(ヤバいぞ……!)」

カナンの丘から眺める住宅街はまだ明かりが灯っている、人が沢山いるという証拠だ。
このままではまた大勢を犠牲にしてしまう、ヒーローどころではなくなる。

「(今出来る事……!!)」

それは何かと考え一つだけ思い付いた。
次の瞬間、快は走り出しカナンの丘から住宅街へと降りたのだった。





住宅街に降りた快がやった事とは。

「みんなぁーー!!逃げて下さぁぁーーい!!」

走り回りながら避難を促す事だった。
しかし今は夜の十一時過ぎ、何も事情を知らない人からすれば迷惑でしかなかった。

「何時だと思ってんだ⁈」

痺れを切らした男性が窓から注意してくる。
その声を聞いて冷静さを取り戻した。

「はぁ、はぁ……」

またパニックになりかけてしまう。
このままではまた巻き込んでしまうではないかと不安になる。
するとそのタイミングで"ヤツ"が現れた。


「グギャアォォォッ!!!」


甲高い雄叫びが聞こえ上空を巨大な影が過ぎていく。

「飛んでる……⁈」

第二の罪獣"マルコシアス"はまるで鳥のような美しい翼を広げながらも蛇のような顔を見せて夜の住宅街の上を飛んでいた。

「ヤバい、誰も避難してない……!」

余計にパニックになってしまう。
心臓の鼓動が激しくなり寒気がして冷や汗が流れる。
すると。

「っ……⁈」

ポケットに入れていた英美の水晶が突然蒼く輝き出したのだ。
何か特別な温かさを感じる。

「この感じ……」

先日バビロンとの戦いで初めて変身した瞬間と同じような感覚が訪れる。
これはまさか。

「……そうだ、俺が守れば良いんだ」

ゼノメサイアになった時の感覚を思い出す。
あの力を上手く使えばきっと皆んなを救いヒーローとして認められるかも知れないと考える。

「もう一度、力を貸してくれ……!!」

そしてポケットから蒼い水晶、"グレイスフィア"を取り出し力強く握った。
すると更に光が溢れた、指の隙間から漏れ出るほどに。

「そうだ、この力だ!」

その勢いで拳を前に突き出す。
するとその眩い光は快の全身を包み込みその姿を変えて巨大化させた。


『ハアアァァァァッ……!!!』


ゼノメサイアが再度現れた瞬間である。






つづく
つづきます
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