残酷な描写あり
R-15
~二発で仕留めろ~
数列の水辺に心を浸し、均一で優劣も存在しない世界を眺めている。
同時に、でっち上げられた言葉に埋め尽くされたこの世界で心を貪られて生きていく。そんな矛盾に曝され続けて生きていく。
終わる事のない矛盾に犯され続けて生きていく。
嗚呼、これが地獄なのか。汚れていない心でも罪を刻んでいるから。
だとしても、願わずにはいられない。この心を承認してくれる“何か”を。
何者でもない俺を受け入れてくれる世界を。汚れない心のまま、この身を汚し続けている俺でも。
この地獄の中で。在りもしない可能性を今も求め続けている。
それが俺、これが俺。
序章~二発で仕留めろ~
いいかい、鉄志(テツジ)。これがダブルタップだ。
どんな時も“二発で仕留めろ”常に二発だぞ。一発じゃ足りないけど三発は勿体ない。
何時だって敵の方が多いんだ。手持ちの弾丸なんてあっという間だ。
だから死にたくなかったら――二発で仕留めろ。
不意に思い出した友と交わした古い鉄則。懐かしいな、涼太よ。
浅知恵のガキには何かと手一杯な日々、恐怖もあった。だが、それなりに楽しかった。今ならそう思える。
きっと仲間達に囲まれていたからだろう。
今夜も俺は独り、淡々と仕事を実行する。この仕事は俺に向いているのだろうかと、未だにそれを問い掛ける事がある。
煌びやかなグラスに注がれたジンが、氷を透き通るクリスタルに輝かせ、ライムの鋭い香りが胸を躍らせた。すぐにでも飲みたいところだが、もう少し冷やしておこう。
ここ数日、ずっと様子を伺ってきたが、そろそろ限界の様だ。標的は常に手下を数人ほど引き連れていた。
自宅にいる時を狙うと言う選択肢もあったが、マンションのセキュリティが面倒だった。例え僅かでも監視カメラに姿が映ろうものなら、それを消す処理にかかるコストは自腹だ。割に合わない。
大歓楽街に構える、古風な雰囲気の高級クラブ。俺の座るカウンター席の真後ろにある、豪勢なテーブル席でご機嫌に酒を煽る男が標的。ホステス達を挟まれ、左右に手下が一人づづ、計三人がテーブルに座り横柄に談笑していた。
更にその席の左右、左側に二人、右側に一人。当然だが、全員が拳銃を所持している。
外の車には三人いるが、そいつ等がこの店の中に駆け付ける頃には、全員仕留めておく。
店の中に六人、外に三人。それを仕留める為に必要な弾丸は店内の連中に十二発と、外の奴等に六発。弾倉に込めた九ミリルガー弾は、十九発プラス一発のセミロングマガジンを装填した“GLOCK34”のカスタムモデルが、俺の得物だ。
戦場にいた頃は四十五口径がお気に入りだったが、この国の中途半端なプロ気取りには、これで充分だ。ありきたりで一世紀以上前の古風な拳銃のレプリカ。しかし、使い心地は悪くない。
大まかな段取りはターゲットを中心に先ずは右側から仕留める。左側の立っている男を封じつつ、残りの二人を仕留める。順番は問わない。段取りを決め過ぎるのも良くない。こんな時、カバーしてくれる奴がいれば楽なのだが。
今の俺には、相棒と呼べる者はいない。
バーテンの視線に気が付く。グラスに注がれたジンにを飲む訳でもなく、入念に両手を揉み解していれば気になるのは無理もないか。
これは緊張ではなく、長年の蓄積。いよいよ俺も――ガタが来ているのだ。
問題ない、まだ俺はやれる。そう言い聞かす。その証拠に震えは収まりつつある。
氷で程よく冷えたジンを飲み干して軽い深呼吸。それで元通りだ。後は何時も通り。
標的の柄の悪い高笑いが背中超しに響く。丁度良いタイミングだ。
緩めていたネクタイを締めなおし、スーツの襟を正して席を立って、ホルスターに突っ込んであるグロックを取り出す。弾丸は装填済み、軽く引き金を引くだけでいい。
十歩ほど先の標的を見据える。集中力が一気に高まる。余計な情報は取り払われ、見るべき物を見る。聞くべき物を聞く。やるべき事をやる。
標的まであと五歩、そいつの目と俺の目が合う。標的の目が大きく見開き、異常を感じ取った時には既に目的は果たされた。標的の左の眼球と頭部を撃ち放った弾丸が貫く。
右側に立つ奴とテーブルに座る奴にも、そのまま二発づつ撃ち込む。胸に一発当て、間髪入れずに頭部に一発。残り三人。
残った左側の三人。俺に一番近い奴がその中でも早く拳銃を取り出し、俺に向けてきた。
そいつの拳銃を持った腕を掴んで大きく捻る。叫び声が聞こえるが、ただの雑音だ。その間にテーブル席の奴の銃口が俺に向きかていた。一番左端の奴は俺が捻ってる奴が盾になり、俺に銃口を向けられない。
テーブル席の奴に素早く二発撃ち込み、捻った腕を解こうと抵抗しかけてきた奴の胸に一発。
動きが鈍り、力が抜けた所で、そいつを盾に左端の奴の胸と頭部に一発づつ撃ち込む。最後に崩れかけてる奴の捻った腕を離して頭部へ一発。
ざわつく店内と甲高い女の悲鳴。俺には防音扉から漏れるどもった雑音程度のものに過ぎない。視線と銃口を入り口に向けたまま、右往左往する人々を搔き分けて入り口へ向かう。あと少しと言う距離、そろそろだ。
入り口のドアが乱暴に開き、三つの頭が重なって押し寄せる。血走った目から恐怖と混乱を感じ取った。
その三つの頭に六発撃ち込み、仕事は完了した。
店の外に出て銃をしまおうとするが、スライドが引いたままだった。撃ち切っている。計算では二発残る筈だったのに。少々舞い上がってしまったようだ。
用心の為に予備のマガジンに交換して銃をホルスターへ突っ込む。外もざわついてきた。
通り過ぎる車、街灯やネオンのケバケバしい煌めき。僅かな手の震え。緊張が解け、正常な感覚に戻りつつある。
「うわ、マジかよ! 頭吹っ飛んでるし、キモっ!」
わざとらしいぐらいの驚愕の声に反射的に振り向く。
男が入り口を食い込む様に覗き込んでいた。まるで考えもなく鼻を突っ込んで様子を探る犬の様だ。
ジャケットをはだけさせ、男物とは思えない露出度の高いトップスを着込んでいる背中にはタトゥーを入れてあるらしい。大方、この歓楽街の男娼と言った所だろう。
内ポケットから煙草を取り出し、男娼を尻目に煙草に火を着ける。覗き込んでいる男娼を押しのけ、店から人が飛び出してきた。そろそろ此処を離れるべきか。
銃社会には無縁だった時代が長かったらしいこの国も、ほんの一世紀ほどで様変わりした。お陰で俺には住みやすい国になったな。
大通りから逸れて、狭い路地に入り込む。大通りは既に赤橙を回すドローンが複数台、飛んでいた。警察の警戒用ドローンだ。
生身の警察がやって来るのは、もう少し後だ。この大歓楽街の治安の悪さは群を抜いている――地獄と比喩される事もあった。
大通りに背を向けていても青に赤に、混じり合う赤紫の光が忙しなく、雑居ビルの壁一面に描かれたグラフィティを照らしていた。黒一色の大きなステンシルアートの様だ。
日本列島を四つに切り離し、歪に配置していた。切り分けられた、それぞれのエリアに英単語が添えられてある。
南方は混沌、西方は戦争、東方は崩壊、北方は独立。と記されてあった。
一世紀前に世界中で蔓延したウイルスパンデミックと、首都圏を襲った未曾有の大災害。程なく崩壊した日本の成れの果てを表現しているらしい。
グラフィティに向かって煙を吐きかけ、ネオンに踊り狂う猥雑な歓楽街を後にした。
機能していない政府と法律に無法状態の壊れた島国、壊れてしまった俺には丁度好い終着点――所詮、こんな物だ。
同時に、でっち上げられた言葉に埋め尽くされたこの世界で心を貪られて生きていく。そんな矛盾に曝され続けて生きていく。
終わる事のない矛盾に犯され続けて生きていく。
嗚呼、これが地獄なのか。汚れていない心でも罪を刻んでいるから。
だとしても、願わずにはいられない。この心を承認してくれる“何か”を。
何者でもない俺を受け入れてくれる世界を。汚れない心のまま、この身を汚し続けている俺でも。
この地獄の中で。在りもしない可能性を今も求め続けている。
それが俺、これが俺。
序章~二発で仕留めろ~
いいかい、鉄志(テツジ)。これがダブルタップだ。
どんな時も“二発で仕留めろ”常に二発だぞ。一発じゃ足りないけど三発は勿体ない。
何時だって敵の方が多いんだ。手持ちの弾丸なんてあっという間だ。
だから死にたくなかったら――二発で仕留めろ。
不意に思い出した友と交わした古い鉄則。懐かしいな、涼太よ。
浅知恵のガキには何かと手一杯な日々、恐怖もあった。だが、それなりに楽しかった。今ならそう思える。
きっと仲間達に囲まれていたからだろう。
今夜も俺は独り、淡々と仕事を実行する。この仕事は俺に向いているのだろうかと、未だにそれを問い掛ける事がある。
煌びやかなグラスに注がれたジンが、氷を透き通るクリスタルに輝かせ、ライムの鋭い香りが胸を躍らせた。すぐにでも飲みたいところだが、もう少し冷やしておこう。
ここ数日、ずっと様子を伺ってきたが、そろそろ限界の様だ。標的は常に手下を数人ほど引き連れていた。
自宅にいる時を狙うと言う選択肢もあったが、マンションのセキュリティが面倒だった。例え僅かでも監視カメラに姿が映ろうものなら、それを消す処理にかかるコストは自腹だ。割に合わない。
大歓楽街に構える、古風な雰囲気の高級クラブ。俺の座るカウンター席の真後ろにある、豪勢なテーブル席でご機嫌に酒を煽る男が標的。ホステス達を挟まれ、左右に手下が一人づづ、計三人がテーブルに座り横柄に談笑していた。
更にその席の左右、左側に二人、右側に一人。当然だが、全員が拳銃を所持している。
外の車には三人いるが、そいつ等がこの店の中に駆け付ける頃には、全員仕留めておく。
店の中に六人、外に三人。それを仕留める為に必要な弾丸は店内の連中に十二発と、外の奴等に六発。弾倉に込めた九ミリルガー弾は、十九発プラス一発のセミロングマガジンを装填した“GLOCK34”のカスタムモデルが、俺の得物だ。
戦場にいた頃は四十五口径がお気に入りだったが、この国の中途半端なプロ気取りには、これで充分だ。ありきたりで一世紀以上前の古風な拳銃のレプリカ。しかし、使い心地は悪くない。
大まかな段取りはターゲットを中心に先ずは右側から仕留める。左側の立っている男を封じつつ、残りの二人を仕留める。順番は問わない。段取りを決め過ぎるのも良くない。こんな時、カバーしてくれる奴がいれば楽なのだが。
今の俺には、相棒と呼べる者はいない。
バーテンの視線に気が付く。グラスに注がれたジンにを飲む訳でもなく、入念に両手を揉み解していれば気になるのは無理もないか。
これは緊張ではなく、長年の蓄積。いよいよ俺も――ガタが来ているのだ。
問題ない、まだ俺はやれる。そう言い聞かす。その証拠に震えは収まりつつある。
氷で程よく冷えたジンを飲み干して軽い深呼吸。それで元通りだ。後は何時も通り。
標的の柄の悪い高笑いが背中超しに響く。丁度良いタイミングだ。
緩めていたネクタイを締めなおし、スーツの襟を正して席を立って、ホルスターに突っ込んであるグロックを取り出す。弾丸は装填済み、軽く引き金を引くだけでいい。
十歩ほど先の標的を見据える。集中力が一気に高まる。余計な情報は取り払われ、見るべき物を見る。聞くべき物を聞く。やるべき事をやる。
標的まであと五歩、そいつの目と俺の目が合う。標的の目が大きく見開き、異常を感じ取った時には既に目的は果たされた。標的の左の眼球と頭部を撃ち放った弾丸が貫く。
右側に立つ奴とテーブルに座る奴にも、そのまま二発づつ撃ち込む。胸に一発当て、間髪入れずに頭部に一発。残り三人。
残った左側の三人。俺に一番近い奴がその中でも早く拳銃を取り出し、俺に向けてきた。
そいつの拳銃を持った腕を掴んで大きく捻る。叫び声が聞こえるが、ただの雑音だ。その間にテーブル席の奴の銃口が俺に向きかていた。一番左端の奴は俺が捻ってる奴が盾になり、俺に銃口を向けられない。
テーブル席の奴に素早く二発撃ち込み、捻った腕を解こうと抵抗しかけてきた奴の胸に一発。
動きが鈍り、力が抜けた所で、そいつを盾に左端の奴の胸と頭部に一発づつ撃ち込む。最後に崩れかけてる奴の捻った腕を離して頭部へ一発。
ざわつく店内と甲高い女の悲鳴。俺には防音扉から漏れるどもった雑音程度のものに過ぎない。視線と銃口を入り口に向けたまま、右往左往する人々を搔き分けて入り口へ向かう。あと少しと言う距離、そろそろだ。
入り口のドアが乱暴に開き、三つの頭が重なって押し寄せる。血走った目から恐怖と混乱を感じ取った。
その三つの頭に六発撃ち込み、仕事は完了した。
店の外に出て銃をしまおうとするが、スライドが引いたままだった。撃ち切っている。計算では二発残る筈だったのに。少々舞い上がってしまったようだ。
用心の為に予備のマガジンに交換して銃をホルスターへ突っ込む。外もざわついてきた。
通り過ぎる車、街灯やネオンのケバケバしい煌めき。僅かな手の震え。緊張が解け、正常な感覚に戻りつつある。
「うわ、マジかよ! 頭吹っ飛んでるし、キモっ!」
わざとらしいぐらいの驚愕の声に反射的に振り向く。
男が入り口を食い込む様に覗き込んでいた。まるで考えもなく鼻を突っ込んで様子を探る犬の様だ。
ジャケットをはだけさせ、男物とは思えない露出度の高いトップスを着込んでいる背中にはタトゥーを入れてあるらしい。大方、この歓楽街の男娼と言った所だろう。
内ポケットから煙草を取り出し、男娼を尻目に煙草に火を着ける。覗き込んでいる男娼を押しのけ、店から人が飛び出してきた。そろそろ此処を離れるべきか。
銃社会には無縁だった時代が長かったらしいこの国も、ほんの一世紀ほどで様変わりした。お陰で俺には住みやすい国になったな。
大通りから逸れて、狭い路地に入り込む。大通りは既に赤橙を回すドローンが複数台、飛んでいた。警察の警戒用ドローンだ。
生身の警察がやって来るのは、もう少し後だ。この大歓楽街の治安の悪さは群を抜いている――地獄と比喩される事もあった。
大通りに背を向けていても青に赤に、混じり合う赤紫の光が忙しなく、雑居ビルの壁一面に描かれたグラフィティを照らしていた。黒一色の大きなステンシルアートの様だ。
日本列島を四つに切り離し、歪に配置していた。切り分けられた、それぞれのエリアに英単語が添えられてある。
南方は混沌、西方は戦争、東方は崩壊、北方は独立。と記されてあった。
一世紀前に世界中で蔓延したウイルスパンデミックと、首都圏を襲った未曾有の大災害。程なく崩壊した日本の成れの果てを表現しているらしい。
グラフィティに向かって煙を吐きかけ、ネオンに踊り狂う猥雑な歓楽街を後にした。
機能していない政府と法律に無法状態の壊れた島国、壊れてしまった俺には丁度好い終着点――所詮、こんな物だ。