残酷な描写あり
R-15
悪戯リスとスレイプニル
インフェロの街並みは整然として美しく、カエリテッラの首都とも甲乙つけがたいほどに栄えている。違う点は街路樹が立ち並んでいることだ。ミスティカは反射的に警戒してしまうが、クリオは興味深そうに緑の整列をラタトスクの目から眺めている。
「この国ではカプテリオで見つかったっていう植物の種を育てて繁殖させたのが自慢らしく、至る所にこの木が生えているそうだ。大天回教の教義にも反しないってカエリテッラに紹介したほどだ」
「その話は聞いたことがあります。当時の教主が安全だと認めたものの、信徒に誤解を与える可能性があるからと首都には持ち込ませなかったそうです。『サクロ』という名前の木だそうですね」
「へえ、大天回教が安全って認めた木があるんだ」
『サクロの木はとても綺麗な花を咲かせますが、現在のこの星の気候では開花しません』
ラタトスクが解説を始める。興味深いが、これを他人に聞かれていないかと背筋が寒くなった。特に後半部分は、明らかに現代のアルマが保有していない情報だ。
「そ、そうなんだ! 面白いけど人の多いところではあまり昔の話をしないでくれるかな?」
『了解。データベース内の情報に秘匿レベルを設定します。現在市販されている機械の保有する情報をレベル0とし、人類史に関する情報をレベル10として開示可能レベルを周囲の状況によって判定するため、今後は質問に答えられない場合があることをご了承ください』
クリオの曖昧な言葉に反応して、自ら情報規制を行うラタトスクである。
「人類史に関する情報がレベル10というのは、どういう意味でしょうか?」
ミスティカにとって聞き捨てならない単語が出てきたので質問する。この会話は砂漠から引き続き暗号通信で行っているため、他者に聞かれる心配はない。クリオは最初にラタトスクが喋った時のような外部に聞こえる会話での制限を希望していたはずだが、妙に数の多いレベル分けと、恐らく最も秘匿性の高い情報がミスティカの最も知りたがっていた内容であることから不安になったのだ。
『これまでのあなた方の会話内容から、最も現代人に知られてはいけない情報であると判断しました。レベル1は外部音声で話してはいけない情報、レベル2は暗号通信以外で話してはいけない情報、レベル3は半径1キロメートル以内に登録グループ以外の人間がいる状況で話してはいけない情報、レベル4は半径10キロメートル以内に以下省略』
「省略する柔軟性まであるのかよ」
ホワイトのぼやきには感嘆と焦りの感情が混じる。このアルマは想像していたよりも遥かに頭がよく、思考の柔軟性も見たことがないレベルだ。情報取得というミスティカの目的にとって、かなり厄介な状況が生まれてしまったのかもしれないと思った。
「……レベル10は?」
『レベル10は、何が起こっても開示してはならない情報です。最高技術による暗号化を行い、現代の技術では解読に数十兆年かかるでしょう』
「ええっ!? そんなことされたら困るよ、オイラ達はその情報を知りたいんだから」
『では、私と同程度以上の技術で作られた機械で解析するしかないですね』
なぜかラタトスクの口調に悪戯っぽい含み笑いの響きが入る。このアルマには感情も存在するのかもしれない。とんでもない問題児を引き取ってしまったようだと思うクリオだったが、ミスティカはむしろ明るい声を上げた。
「つまり古代のアーティファクトでラタトスクさんを解析すれば私の知りたい情報が分かるということですね。目的がはっきりしました」
無理に前向きな解釈をした、というわけではない。ミスティカにとって目的のはっきりしない旅だったのが、ここにきて目指すべき道を示してもらえた。幸い、自分達はこれから大きな遺構を調べようとしている。とても都合の良い展開だと思った。素直に話してくれればもっと都合が良いのだが、簡単に手に入るものにはありがたみがないとも言える。
「確かに、そういうアーティファクトを手に入れればいいと分かれば、方針がはっきりしていいな。ところで話は変わるが、サクロって神話言語で何か意味があるのかい?」
「サクロという神話言語は知りませんね」
『サクロも神話言語ですが、他の名称については秘匿レベル9になります』
「レベル9ってなんだっけ?」
『最終決戦前に開示する情報ですかね』
「最終決戦ってなんだよ」
『そういう空気ってあるじゃないですか』
「どういう空気だよ。口調も砕けてきてるし完全にナメてやがるな、こいつ」
ラタトスクとホワイトの会話を聞きつつ、ナンディさんはあんな風にならないでね、と心の中で願うミスティカだった。
『メルセナリア政府より、発表があります。先日カプテリオで発見された八脚式のアルマには「スレイプニル」という識別名がつけられていたことが判明しました』
そのナンディが突然ナビ音声で政府広報を流したので、驚いて席からずり落ちそうになってしまう。ホワイトとクリオはその情報に興味をひかれた。
「なんだ、八脚式ってタコとかカニとかサソリみたいなアルマだろ。特殊な機体か?」
「遺構で発見されたって言ってるし、ラタトスクみたいなやつじゃない?」
『そろそろ宿場に着きますよ』
ラタトスクがあからさまに話題を変えようとする。胡散臭いと思うより、むしろわざと注目させようとしているように感じた。
「スレイプニルさんはラタトスクさんと同等のアルマですか?」
『それは秘匿レベル8の情報ですね』
最終決戦よりは早く分かる情報らしい。一体なんの最終決戦かは分からないが。これはいきなり目的のアーティファクトを見つけたのかもしれない、と思うミスティカだが、どう考えてもメルセナリア政府が確保している重要な機体だ。部外者では姿を見ることすら困難だろう。
「ま、そっちは置いといてクリオの知り合いを探そうぜ」
「そうだね! スピラスのクラーケンは目立つから、いたらすぐに分かると思うよ」
道中で色々なことが起こったが、三人の乗るアルマはトラブルに巻き込まれることも無く目的の宿場に到着するのだった。
「この国ではカプテリオで見つかったっていう植物の種を育てて繁殖させたのが自慢らしく、至る所にこの木が生えているそうだ。大天回教の教義にも反しないってカエリテッラに紹介したほどだ」
「その話は聞いたことがあります。当時の教主が安全だと認めたものの、信徒に誤解を与える可能性があるからと首都には持ち込ませなかったそうです。『サクロ』という名前の木だそうですね」
「へえ、大天回教が安全って認めた木があるんだ」
『サクロの木はとても綺麗な花を咲かせますが、現在のこの星の気候では開花しません』
ラタトスクが解説を始める。興味深いが、これを他人に聞かれていないかと背筋が寒くなった。特に後半部分は、明らかに現代のアルマが保有していない情報だ。
「そ、そうなんだ! 面白いけど人の多いところではあまり昔の話をしないでくれるかな?」
『了解。データベース内の情報に秘匿レベルを設定します。現在市販されている機械の保有する情報をレベル0とし、人類史に関する情報をレベル10として開示可能レベルを周囲の状況によって判定するため、今後は質問に答えられない場合があることをご了承ください』
クリオの曖昧な言葉に反応して、自ら情報規制を行うラタトスクである。
「人類史に関する情報がレベル10というのは、どういう意味でしょうか?」
ミスティカにとって聞き捨てならない単語が出てきたので質問する。この会話は砂漠から引き続き暗号通信で行っているため、他者に聞かれる心配はない。クリオは最初にラタトスクが喋った時のような外部に聞こえる会話での制限を希望していたはずだが、妙に数の多いレベル分けと、恐らく最も秘匿性の高い情報がミスティカの最も知りたがっていた内容であることから不安になったのだ。
『これまでのあなた方の会話内容から、最も現代人に知られてはいけない情報であると判断しました。レベル1は外部音声で話してはいけない情報、レベル2は暗号通信以外で話してはいけない情報、レベル3は半径1キロメートル以内に登録グループ以外の人間がいる状況で話してはいけない情報、レベル4は半径10キロメートル以内に以下省略』
「省略する柔軟性まであるのかよ」
ホワイトのぼやきには感嘆と焦りの感情が混じる。このアルマは想像していたよりも遥かに頭がよく、思考の柔軟性も見たことがないレベルだ。情報取得というミスティカの目的にとって、かなり厄介な状況が生まれてしまったのかもしれないと思った。
「……レベル10は?」
『レベル10は、何が起こっても開示してはならない情報です。最高技術による暗号化を行い、現代の技術では解読に数十兆年かかるでしょう』
「ええっ!? そんなことされたら困るよ、オイラ達はその情報を知りたいんだから」
『では、私と同程度以上の技術で作られた機械で解析するしかないですね』
なぜかラタトスクの口調に悪戯っぽい含み笑いの響きが入る。このアルマには感情も存在するのかもしれない。とんでもない問題児を引き取ってしまったようだと思うクリオだったが、ミスティカはむしろ明るい声を上げた。
「つまり古代のアーティファクトでラタトスクさんを解析すれば私の知りたい情報が分かるということですね。目的がはっきりしました」
無理に前向きな解釈をした、というわけではない。ミスティカにとって目的のはっきりしない旅だったのが、ここにきて目指すべき道を示してもらえた。幸い、自分達はこれから大きな遺構を調べようとしている。とても都合の良い展開だと思った。素直に話してくれればもっと都合が良いのだが、簡単に手に入るものにはありがたみがないとも言える。
「確かに、そういうアーティファクトを手に入れればいいと分かれば、方針がはっきりしていいな。ところで話は変わるが、サクロって神話言語で何か意味があるのかい?」
「サクロという神話言語は知りませんね」
『サクロも神話言語ですが、他の名称については秘匿レベル9になります』
「レベル9ってなんだっけ?」
『最終決戦前に開示する情報ですかね』
「最終決戦ってなんだよ」
『そういう空気ってあるじゃないですか』
「どういう空気だよ。口調も砕けてきてるし完全にナメてやがるな、こいつ」
ラタトスクとホワイトの会話を聞きつつ、ナンディさんはあんな風にならないでね、と心の中で願うミスティカだった。
『メルセナリア政府より、発表があります。先日カプテリオで発見された八脚式のアルマには「スレイプニル」という識別名がつけられていたことが判明しました』
そのナンディが突然ナビ音声で政府広報を流したので、驚いて席からずり落ちそうになってしまう。ホワイトとクリオはその情報に興味をひかれた。
「なんだ、八脚式ってタコとかカニとかサソリみたいなアルマだろ。特殊な機体か?」
「遺構で発見されたって言ってるし、ラタトスクみたいなやつじゃない?」
『そろそろ宿場に着きますよ』
ラタトスクがあからさまに話題を変えようとする。胡散臭いと思うより、むしろわざと注目させようとしているように感じた。
「スレイプニルさんはラタトスクさんと同等のアルマですか?」
『それは秘匿レベル8の情報ですね』
最終決戦よりは早く分かる情報らしい。一体なんの最終決戦かは分からないが。これはいきなり目的のアーティファクトを見つけたのかもしれない、と思うミスティカだが、どう考えてもメルセナリア政府が確保している重要な機体だ。部外者では姿を見ることすら困難だろう。
「ま、そっちは置いといてクリオの知り合いを探そうぜ」
「そうだね! スピラスのクラーケンは目立つから、いたらすぐに分かると思うよ」
道中で色々なことが起こったが、三人の乗るアルマはトラブルに巻き込まれることも無く目的の宿場に到着するのだった。