残酷な描写あり
R-15
ホワイト
ガーディアンが完全に沈黙したので、ミスティカとクリオは損傷の激しいアルマから降り、助けてくれたアルマの操縦者に礼を言うために近づいた。
「ありがとうございます。助かりました」
人型の大きなアルマを見上げ、出来る限りの大きな声で感謝を述べる。人型のアルマは首都で機兵団が乗っているのをよく見ていたが、このアルマはそのどれとも違う。何より大天回教のシンボルである太陽と船のマークがない。他国のマークもついていないので、どこかの国の機兵団員というわけでもなさそうだ。少しして、アルマが膝をつき上半身を倒すと、腹部にあるハッチが開いて梯子が出てきた。以前より人型アルマの操縦者はどうやって乗り込んでいるのかと不思議に思っていたミスティカだったが、長年の謎が解けた。
その梯子を下りてきたのは、大柄な男性だった。筋肉質で肌も髪も黒く、見るからに生物的な強さを感じさせる青年だ。人間の肌は太陽の光に照らされる強さと時間の長さによって色が変わってくる。一時的に黒くなる、いわゆる日焼けとは別に住んでいる地域によって生まれつき肌の色が違うのだ。これは長い年月を過ごすうちに自然とそうなるようで、進化というより適応というべきだろう。そして、砂漠ばかりのこの星では肌の色が濃い人間が多い。しかしながら、これほど完全に黒一色の人間はそれほど多くなかった。
この世界で最大の勢力を持つ宗教である大天回教は、太陽をシンボルにしていることもあり、黒い肌の人間はより多くの光を浴びて暮らす者達であるから敬うべきと伝えている。特に彼のような黒一色の人間を『太陽の戦士』と呼んでいるが、それにも歴史的な意味があるのだろうとミスティカは考えていた。
「やあ、危ないところだったね。俺はホワイト。黒い肌のホワイトだ。逆に覚えやすいだろ?」
その男性は、外見の印象よりだいぶ気安い態度で自己紹介をしてきた。笑顔を見せると、白い歯が真っ黒い顔の中で輝くようだ。
「オイラ……僕はクリオです。新米のエクスカベーターです」
クリオがなんだか神妙な態度で挨拶をする。ミスティカが初めて出会った時とは大違いだ。この短い冒険の間で己の無力さを噛みしめ、目の前にいる人間の凄さを強く意識していることの現れだった。
「私はミスティカと言います。大天回教で助祭を務めていましたが、諸事情により各地の遺構を調べようとしておりますが……」
ミスティカは自分の目的を語ったが、今しがたひどい目にあわされたガーディアンの残骸に視線を送り、ため息をついた。なんとかアルマの動かし方を理解して、ナンディの性能に助けられていい勝負ができたと思ったら、本気を出した敵の大技を食らってあっさりとやられてしまった。ホワイトは一瞬で倒してみせたというのに。
「私の考えが甘かったようです。ガーディアンにやられてしまうようでは、調べものもろくにできません」
「おいおい、なに言ってんだ。アンタは大したもんだよ。ここがどこだか分かっているのかい? 世界最強国家カエリテッラが管理する重要調査対象、その最前線だぜ。あのガーディアンには数えきれないほどの発掘隊が追い返されてる。相当な強敵だ。それをあそこまで追い詰めたんだ。アルマも再起不能にはなってないしな」
ミスティカの言葉を聞いたホワイトは大きく両手を広げ、かぶりを振って彼女の言葉を否定した。そして二人が乗っていた二機のアルマに近づくと、その損傷状態を確認する。
「自己修復機能があるって言っても、勝手に直るのを待っていたら日が暮れちまう。アルマ乗りにはメカニックのツレが必要だが、世の中ってのはそういう支援役を大事にしないもんだ」
そう言うと、自分のアルマに向かう。修理用の工具を出そうとしているのかと思い、さすがに遠慮しようかとミスティカが考えていると、ホワイトのアルマから人間の半分ぐらいの背丈をしたオペラが出てきた。AIによる自律行動をする機械だ。外見は白い円筒型のボディから二本のアームが伸び、ローラーで動く代物だ。円筒の上部には動物の耳を模した三角形の飾りが二つ付いている。古代の機械にはよくある造形らしい。
「こいつは俺の相棒さ。ほら、挨拶しな」
『ニャー、ネコです。よろしくお願いします』
ネコという動物は、イヌと並んで昔から人間に人気のあるペットだ。もちろんミスティカやクリオもネコのことはよく知っている。そしてこの自称ネコはどう見ても彼女達の知っているそれではない。
「言いたいことは分かる。だがこれは間違いなく遥か昔に普及していたネコ型ロボットなのさ。名前はタマだ、よろしくな」
挨拶が終わると、タマはミスティカ達のアルマを修理し始めた。遠慮の言葉を述べる暇すらなく、ナンディにとりついたオペラが凄い速さで動き回る。
「タマさんは、どこかで売られているのですか?」
ホワイトの言う通り、アルマで旅をする上で修理を担当するメカニックがいると助かる。それがこのような自律型オペラなら、何かと都合がいいだろう。市販されているなら、購入しようと考えた。
「あー、これは一品ものなんだ。ありていに言うと、完全な状態で発掘されたアーティファクトなんでね。まあ、多少性能は落ちるが同じような機能を持ったオペラはメルセナリアで売っているのを見たな。多少値が張るが……」
顎に手をあて、歩き出したホワイトは先ほど破壊したガーディアンに近づいていくと機体を拳でゴンゴンと叩きながら二人に呼びかけた。
「こいつを持って帰れば余裕で買えるだろう。ああ、トドメを刺したのは俺だから一番いい部品は貰っていくぜ。構わないだろ?」
考えもしなかったことを言われた。ガーディアン自体も高額で引き取られるアーティファクトであるのは事実だが、そもそも仕留めたのはホワイトなのだから全て彼が持っていくものだと思っていた。特にミスティカはアーティファクトを必要としていないため、ガーディアンの機体を回収するという発想すらなかった。
「そんな、ホワイトさんが全てお持ちください」
「コイツと戦ったアンタらにも権利がある。発掘隊では参加者全員に分け前を配分するのが何より大切なことだぜ。慣れていないなら、よく覚えておくといい」
真剣な表情でミスティカの言葉を否定すると、今度はニヤリと笑ってクリオに話しかける。
「そのイヌもだいぶくたびれてるだろ、新しいアルマを買う資金にしなよ」
「おっ、オイラは……その……」
困ったように口をもごもごさせるクリオに近づき、肩を叩くと「ここまでお嬢さんを連れてきたんだろ、いい仕事だ」と労った。そうだ、クリオは自分でも言っていたように戦闘員ではない。ここまでミスティカを案内してきたことで十分に役目を果たせているのだ。だが先ほどの戦闘があまりに凄まじかったせいで、自分を役立たずだと思わずにいられなかった。
最初は困惑していたミスティカだったが、ホワイトのペースにも慣れてきて、雑談をしながらガーディアンの回収を手伝い始めた。そんな二人の姿を眺めながら、自分達のアルマを監視する役目を任されたクリオは誰にも聞こえないような声でポツリと呟いた。
「ダッセーよな……オイラって」
「ありがとうございます。助かりました」
人型の大きなアルマを見上げ、出来る限りの大きな声で感謝を述べる。人型のアルマは首都で機兵団が乗っているのをよく見ていたが、このアルマはそのどれとも違う。何より大天回教のシンボルである太陽と船のマークがない。他国のマークもついていないので、どこかの国の機兵団員というわけでもなさそうだ。少しして、アルマが膝をつき上半身を倒すと、腹部にあるハッチが開いて梯子が出てきた。以前より人型アルマの操縦者はどうやって乗り込んでいるのかと不思議に思っていたミスティカだったが、長年の謎が解けた。
その梯子を下りてきたのは、大柄な男性だった。筋肉質で肌も髪も黒く、見るからに生物的な強さを感じさせる青年だ。人間の肌は太陽の光に照らされる強さと時間の長さによって色が変わってくる。一時的に黒くなる、いわゆる日焼けとは別に住んでいる地域によって生まれつき肌の色が違うのだ。これは長い年月を過ごすうちに自然とそうなるようで、進化というより適応というべきだろう。そして、砂漠ばかりのこの星では肌の色が濃い人間が多い。しかしながら、これほど完全に黒一色の人間はそれほど多くなかった。
この世界で最大の勢力を持つ宗教である大天回教は、太陽をシンボルにしていることもあり、黒い肌の人間はより多くの光を浴びて暮らす者達であるから敬うべきと伝えている。特に彼のような黒一色の人間を『太陽の戦士』と呼んでいるが、それにも歴史的な意味があるのだろうとミスティカは考えていた。
「やあ、危ないところだったね。俺はホワイト。黒い肌のホワイトだ。逆に覚えやすいだろ?」
その男性は、外見の印象よりだいぶ気安い態度で自己紹介をしてきた。笑顔を見せると、白い歯が真っ黒い顔の中で輝くようだ。
「オイラ……僕はクリオです。新米のエクスカベーターです」
クリオがなんだか神妙な態度で挨拶をする。ミスティカが初めて出会った時とは大違いだ。この短い冒険の間で己の無力さを噛みしめ、目の前にいる人間の凄さを強く意識していることの現れだった。
「私はミスティカと言います。大天回教で助祭を務めていましたが、諸事情により各地の遺構を調べようとしておりますが……」
ミスティカは自分の目的を語ったが、今しがたひどい目にあわされたガーディアンの残骸に視線を送り、ため息をついた。なんとかアルマの動かし方を理解して、ナンディの性能に助けられていい勝負ができたと思ったら、本気を出した敵の大技を食らってあっさりとやられてしまった。ホワイトは一瞬で倒してみせたというのに。
「私の考えが甘かったようです。ガーディアンにやられてしまうようでは、調べものもろくにできません」
「おいおい、なに言ってんだ。アンタは大したもんだよ。ここがどこだか分かっているのかい? 世界最強国家カエリテッラが管理する重要調査対象、その最前線だぜ。あのガーディアンには数えきれないほどの発掘隊が追い返されてる。相当な強敵だ。それをあそこまで追い詰めたんだ。アルマも再起不能にはなってないしな」
ミスティカの言葉を聞いたホワイトは大きく両手を広げ、かぶりを振って彼女の言葉を否定した。そして二人が乗っていた二機のアルマに近づくと、その損傷状態を確認する。
「自己修復機能があるって言っても、勝手に直るのを待っていたら日が暮れちまう。アルマ乗りにはメカニックのツレが必要だが、世の中ってのはそういう支援役を大事にしないもんだ」
そう言うと、自分のアルマに向かう。修理用の工具を出そうとしているのかと思い、さすがに遠慮しようかとミスティカが考えていると、ホワイトのアルマから人間の半分ぐらいの背丈をしたオペラが出てきた。AIによる自律行動をする機械だ。外見は白い円筒型のボディから二本のアームが伸び、ローラーで動く代物だ。円筒の上部には動物の耳を模した三角形の飾りが二つ付いている。古代の機械にはよくある造形らしい。
「こいつは俺の相棒さ。ほら、挨拶しな」
『ニャー、ネコです。よろしくお願いします』
ネコという動物は、イヌと並んで昔から人間に人気のあるペットだ。もちろんミスティカやクリオもネコのことはよく知っている。そしてこの自称ネコはどう見ても彼女達の知っているそれではない。
「言いたいことは分かる。だがこれは間違いなく遥か昔に普及していたネコ型ロボットなのさ。名前はタマだ、よろしくな」
挨拶が終わると、タマはミスティカ達のアルマを修理し始めた。遠慮の言葉を述べる暇すらなく、ナンディにとりついたオペラが凄い速さで動き回る。
「タマさんは、どこかで売られているのですか?」
ホワイトの言う通り、アルマで旅をする上で修理を担当するメカニックがいると助かる。それがこのような自律型オペラなら、何かと都合がいいだろう。市販されているなら、購入しようと考えた。
「あー、これは一品ものなんだ。ありていに言うと、完全な状態で発掘されたアーティファクトなんでね。まあ、多少性能は落ちるが同じような機能を持ったオペラはメルセナリアで売っているのを見たな。多少値が張るが……」
顎に手をあて、歩き出したホワイトは先ほど破壊したガーディアンに近づいていくと機体を拳でゴンゴンと叩きながら二人に呼びかけた。
「こいつを持って帰れば余裕で買えるだろう。ああ、トドメを刺したのは俺だから一番いい部品は貰っていくぜ。構わないだろ?」
考えもしなかったことを言われた。ガーディアン自体も高額で引き取られるアーティファクトであるのは事実だが、そもそも仕留めたのはホワイトなのだから全て彼が持っていくものだと思っていた。特にミスティカはアーティファクトを必要としていないため、ガーディアンの機体を回収するという発想すらなかった。
「そんな、ホワイトさんが全てお持ちください」
「コイツと戦ったアンタらにも権利がある。発掘隊では参加者全員に分け前を配分するのが何より大切なことだぜ。慣れていないなら、よく覚えておくといい」
真剣な表情でミスティカの言葉を否定すると、今度はニヤリと笑ってクリオに話しかける。
「そのイヌもだいぶくたびれてるだろ、新しいアルマを買う資金にしなよ」
「おっ、オイラは……その……」
困ったように口をもごもごさせるクリオに近づき、肩を叩くと「ここまでお嬢さんを連れてきたんだろ、いい仕事だ」と労った。そうだ、クリオは自分でも言っていたように戦闘員ではない。ここまでミスティカを案内してきたことで十分に役目を果たせているのだ。だが先ほどの戦闘があまりに凄まじかったせいで、自分を役立たずだと思わずにいられなかった。
最初は困惑していたミスティカだったが、ホワイトのペースにも慣れてきて、雑談をしながらガーディアンの回収を手伝い始めた。そんな二人の姿を眺めながら、自分達のアルマを監視する役目を任されたクリオは誰にも聞こえないような声でポツリと呟いた。
「ダッセーよな……オイラって」