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作者: 寿甘
残酷な描写あり R-15
ガーディアン
◇◆◇

 ナンディに投げ飛ばされたプアリムが逃げた通路の先には、先客がいた。人型のアルマだ。シャープなシルエットの機体各所から尖ったパーツが斜め上に向かって突き出していて、高い機動性を感じさせるデザインである。白を基調としたカラーリングの機体は縁が金色に輝き、このような遺構内部には場違いなほどの神々しさを感じさせる。

のプアリムか……傷を負ってやがる。誰か仕留め損ねたな?」

 手負いのプアリムがその姿を見て動きを止める。目の前に立つアルマを凝視したまま、ジリジリと距離を取り始めた。恐怖を感じているのだ。

「悪いが、お前を放っておいたら地元民に犠牲が出るかも知れんからな」

 搭乗者がそう言うと、アルマが腕を上げる。ビクリと身体をすくめたプアリムが、一瞬の間を置いて方向転換し一目散に逃げだした。だが、プアリムが後ろを向いた次の瞬間、長い胴体が縦に両断され地面に落ちて動かなくなる。

「……やれやれ、スカベンジャーを呼ばないとな」

 プアリムの死骸を処理業者に引き渡すため、アルマの搭乗者はその場で管理所に連絡を入れるのだった。

◇◆◇

 ミスティカとクリオはプアリムが逃げた横道を避けて真っ直ぐ前に進んだ。せっかく逃げていったのに、また遭遇したら面倒だ。二人の目的は深層の調査なので、今いる場所をくまなく調べる必要もない。

「長年の発掘でだいぶ深いところまで道ができてるから、一気に突き抜けましょう!」

 ナンディの戦闘力を目の当たりにしたクリオは、完全に安心しきってどんどんと進んでいく。尊敬によるものか口調がいくらか丁寧になっている。ミスティカは少し怖くなったが、自分の目的を果たすためには誰よりも奥まで進んで太古の旅人達が遺した記録を探さなくてはならないのだ。どんな危険が待ち受けていようと、進むしかないのだ。

「あ、発掘したアーティファクトはクリオさんにお譲りしますので遠慮せずに怪しいところを探ってくださいね」

「ええっ、アーティファクトいらないんスか!?」

「私は星と人類の過去を知りたいだけですからね。どうせアーティファクトは行政府が買い取るのでしょうし」

 エクスカベーターが発掘したアーティファクトを自分で使うことはまずない。通常は管理所を通じて国家の機関が買い上げるのだ。アーティファクトの価値からすればその対価は微々たるものだが、有効活用できる者はそうそういないし、高額で買い取ってくれる違法業者と取引をすれば指名手配されて機兵団が捕まえにくる。とてもじゃないがリスクが高すぎてそんな危ない橋を渡る気にはなれない。それに微々たるものと言ってもそれはアーティファクトの価値と比較した場合の話で、有用なアーティファクトを発掘すれば一生食うに困らないほどの金銭を得ることができる。首都の居住権を買うことだって夢じゃない。

 だが、そんな夢が目の前に広がっている遺構近くに住む貧民達は、そんな知識すら持ち合わせていないことがほとんどだ。この方舟周辺はカエリテッラの管理下であるために周辺住民の知識レベルも他国の『キャンプ』より格段に高いが、多くの国の貧民達は自分達が遺構から拾ってきたガラクタの価値にも気付かないまま業者に買い叩かれ、一日の食事にありつけただけで満足している。

 それが不幸なのか幸福なのかは安易に判断が下せないところだ。方舟周辺の貧民は多大な夢を見て無理に有用なアーティファクトを見つけようとし、先ほどのようなプアリムや各所を守るガーディアンに見つかって命を落としている。クリオがエクスカベーターとして独り立ちできたのは、彼が何の取り柄もない平凡な子供だったからだ。満足する基準が他の者より低かったために無理をせず、コツコツと経験を積み上げ、少しずつ金を貯め、ついに一番安い中古のアルマを購入できた。これができる人間は一万人に一人もいない。

「それじゃあ、無理してお宝を探そうとしないで旅の記録が残ってそうな場所を目指すのがいいスね。有用なアーティファクトは古代の人も大事にしていたから強力なガーディアンが守ってるんスよ」

 クリオは一攫千金を目指してはいない。自分で言った通り、世界中全ての遺構を調べて回るのが夢なのだ。だから、特に強力なガーディアンが守る機関部は避けて調査することにした。いくらナンディが強いといっても、たった二人だけ(その内一人は完全な足手まとい)の発掘隊が強力なガーディアンに挑むのは無茶だと思っていたのだ。

「助かります。船である以上、航海記録のようなものを船長室に保管しているのではないでしょうか。クリオさんはどこへ向かえばいいか分かりますか?」

「任せといてください!」

 自信満々だ。クリオはこれまで内部の探索をしてはいない。アルマが手に入るまでは安全な入り口付近と外周を調べていた。だがそれが功を奏したようで、この遺構の全体像を他の誰よりも把握していた。自分の知る遺構の形状と船であるというミスティカの話から、目的の場所がどの辺りにあるかを予想できたのだ。

 クリオの先導でしばらく進む。幸いなことに住み着いた生物が襲ってくることもなく、現在発掘が進んでいる一番奥まで到達した。目の前にはスイッチで開閉するらしい大きな扉が一つ。ここから先は前人未到の領域というわけだ。予想外にあっさりとやってこれたので拍子抜けしたミスティカだったが、ここからが本番なのだ。

 しかし、二人は初心者である。ミスティカだけでなくクリオまでもが、油断から大雑把に扉を開いてしまう。なぜ鍵もかかっていない扉の前までが発掘のなのか、落ち着いて考えることをしなかった。

『侵入者を確認、排除します』

 大きな稼働音と共に開いた扉の向こうには、一体のアルマが立っていた。四脚式で、筒状の胴体から伸びたいくつものアームに銃器らしきものがついている。まさか言葉を投げかけられるとは思っていなかったミスティカが、ナンディを戦闘モードに移行させるのに一拍遅れた。クリオはそもそも戦闘を想定していない。

 次の瞬間、激しい衝撃が二人を襲った。

「きゃあっ!」

「うわあっ!」

 ガーディアンの射撃でアルマが吹き飛ばされたのだ。クリオが乗る小さいイヌ型はこれで運動機能に異常が生じた。ある程度の自己修復機能はあるが、動けるようになるまでしばらくかかるだろう。もちろんガーディアンが待ってくれるはずもない。つまり一瞬にして戦闘不能になってしまったのだ。ナンディは機体をひねるようにして着地したが、ミスティカが衝撃の影響で眩暈を起こし、操作に手間取る。

『被弾確認、緊急時自動対応にて戦闘モードに移行』

 ナンディの操縦席に、機械音声の報告が流れた。攻撃されたために自動でモードチェンジをしたのだ。そしてガーディアンの追撃を転がってかわす。また激しく揺さぶられたミスティカは必死で操縦桿を握った。

「くっ……ナンディ、応戦!」

 不味いと思った。これまで経験した戦闘とは明らかに危険度が違う。経験に乏しいミスティカは逃亡するべき事態なのだが、ここで逃げたらクリオが取り残され、ガーディアンに殺されてしまうだろう。なんとかしてガーディアンを倒すか、隙を作ってクリオを回収しないといけない。悠長に考えている暇もない。ガーディアンは攻撃を続けているし、ナンディはパイロットを気遣う余裕もなく回避行動をしている。頭がガクガク揺れて気持ち悪い。ミスティカには顎を引いて首を固定するノウハウすらないのだ。ナンディの角から電撃が放たれ、ガーディアンの機体が光を放つ。

『侵入者の応戦を確認。第二戦闘レベルに引き上げます』

 大したダメージを受けた様子もないガーディアンが、更に不吉な言葉を発した。
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