残酷な描写あり
R-15
サソリ
巨大な鉄の塊が砂の地面を蹴った。舞い上がる砂塵が視界を黄色く染め、サソリの動きが一瞬止まる。まさか動くとは思っていなかったのだ。サソリ型アルマの搭乗者達は、動けない相手を一方的に始末するためにやってきた者達だ。戦闘する気概など持ち合わせていなかった。
「当たり前ですけど、人が乗っているのですね」
当然ながら、ミスティカは人を殺したことがない。自分が殺されそうになったから反撃に転じるわけだが、相手を殺さずに制圧なんて悠長なことを言っていられる状況ではない。殺すか、殺されるかだ。
人を殺すということに躊躇いが生じ、操縦桿を握る手が震える。為す術なく殺される状況を脱することができたのだ、このまま逃げてしまえばいいのではないか。そんな迷いが頭をかすめた。だが、それでは問題の解決にはならない。
――手を汚す覚悟もないのに、戦闘用機械に乗ったの?
誰かが耳元で囁いたような気がした。そうだ、自分は大天回教が隠している歴史の真実を探るために旅立ったのだ。この世界の半分を支配している大組織を敵に回し、神の存在を確かめようとしているのだ。動けなくなった人間を一方的に殺害しようとするような見下げ果てた悪党を手にかけることも出来ないようでは、目的の達成など夢のまた夢というものだろう。
「くっ……神よ赦し給え」
神に許しを請う言葉だ。これを口にすれば、どんな罪も犯し放題。大嫌いな言葉だった。それが、自然と口をついて出た。
「ウォォォーン!」
ナンディが吠え、その顔を三匹のサソリに向ける。頭から伸びた二本の角が放電を開始し雷光をまとっている。あれが出力を上げ目標に高エネルギーの電気ショックを与えるのだ。機械に向けて使えば機能停止に陥らせるだけでなく、乗組員はまとめて感電、あの世行きだ。死の恐怖に駆られたサソリの操縦者達は、一斉に砲を向けて射撃を行った。
猛スピードで飛来する砲弾が、スローモーション映像のように遅く見える。覚悟を決めたミスティカの集中力は極限まで高められ、時間の流れすら遅く感じるほどになっていた。操縦桿を倒し、回避の命令をナンディに与える。
獣の形をしたアルマに、たった二本しかない腕で握った操縦桿から正確な動きを指示することはできない。必然的に、命令を与えられたアルマが自主的に動作を決めて実行することになる。ここではナンディが地面を滑るように横移動し、砲弾を回避した。アルマが操縦者の安全を考えてなるべく揺れないように移動したのだ。操縦者を思いやる優しさを持つアルマは、だが敵対者にはこの上もなく冷酷だった。
角から放たれた電撃によって沈黙したサソリを、更に飛び掛かって脚で踏み潰し、一匹ずつ丁寧に完全破壊していくナンディ。そんな操作をした覚えのないミスティカはしばし呆然としていたが、アルマの戦闘モードはある程度操縦者の意思を酌んで必要な攻撃行動を取ると習った。確かに自分はあのサソリ達を完全に破壊しようと考えていたのだから、ナンディの動きはまったく狙い通りだ。ここまで自動的に動いてくれるのかという驚きの方が強い。まさに以心伝心と言うべきか。
「アルマというのは、思ったよりずっと凄い技術で作られているのですね」
現代を生きる人間達は、自分達が操る機械に使われているテクノロジーを完全には理解していない。理解できないという方が正しい。機械を製造・整備する技術者達でさえ、古代の遺構から発掘されたアーティファクトを真似したりそのまま組み込んだりしているだけなのだ。
◇◆◇
アルマには高度な技術が使われているが、資源に乏しいこの星では、入手と加工が容易で強度も高い鉄が主な素材として使われている。特に重要な部分では希少金属を利用した合金が使われているが、機械の構成部分は八割がたが鉄でできているのだ。鉄が錆びにくい気候も鉄製機械が多い理由の一つだ。
アルマによる戦闘は大半が今回のように砂漠で行われ、戦闘時には砂埃が舞い上がって視界が砂に覆われる。戦場では多くのアルマ達が空まで覆う砂塵の中で壮絶な戦いを繰り広げる光景が見られた。
故に、報道を生業とする人々はしばしばアルマのことを記事文中でこう表現する――砂塵の鉄機兵と。
「なになに、『砂塵の鉄機兵、人に仇なすサソリを退治す』……カエリテッラでサソリ型のアルマが宣教師にボコボコにされたってよ、舐められたもんだぜ」
広大な砂の海、その一角に、要塞のような建造物がある。驚くべきことに、この建造物は常に動いているので、言うなれば移動要塞というものだ。その移動要塞の一室で、男が画面に浮かぶ報道記事を読んでいる。年の頃は三十代後半といったところか、若者というには成熟しすぎ、年寄りというほど衰えを感じさせない男の顔は豊かな黒い顎髭のせいであまり清潔感はない。服装はというと、全身黄色い――つまり砂漠用の迷彩カラーで統一された――丈夫な布地の戦闘服を着ている。
「笑いごとではないぞ、ヴィクトール。俺達はそんな話を聞いていない、つまり勝手に『スコーピオン』の名を騙って宣教師を襲い、しかも無様な返り討ちにあった奴等がいる。許すわけにはいかないな」
ヴィクトールと呼ばれた髭男に話しかけるのは、同じような服装をした、声の低い男だ。こちらは覆面をしていて、隙間から覗くグレーの瞳が強い眼光を放っている。
「この宣教師を襲うんですかい?」
「いいや、舐めた真似をしたのは騙りの方だ。そんなことをする必要があって、更に実行に移せる連中は、この星でも一つしかない」
「大天回教……奴等を狙うんで?」
「……怖いのか?」
「ハッハ、まさか! 久々に本気で暴れられそうでワクワクしてくらぁ!」
「全員に伝えろ、これより『スコーピオン』は大天回教の大聖堂を狙う」
砂海に名を轟かす砂海賊『スコーピオン』が、カエリテッラの首都を目指して移動を開始した。
◇◆◇
一方、戦闘の様子が全世界に報道されていたことも知らず、ミスティカは目的地を目指して砂漠を進んでいた。
「知識として知ってはいましたけど、砂漠は本当に広いですね」
自分が乗るナンディに話しかけながら、一面の砂を見渡してため息をつく。進路はナビゲートに登録してあるから問題ない。砂漠の暑さも、アルマに乗っていれば大丈夫だ。ただ、辺り一面が変わり映えのしない砂の景色というのは、精神的にくたびれる。旅の仲間も無口なナンディだけでは、どうにも退屈してしまうものだ。
そんなミスティカの心情を読み取ったのか、ナンディが近くにある町の情報を提示してきた。ここで一旦休憩したらどうかと提案しているのだ。
「そうですね、ちょっと町に寄っていきましょうか。ええと、『クラーラ』というのですね」
進路を少しそれて、クラーラの町へと向かった。雲をつかむような目的の旅だ。焦らずゆっくりと進めばいい。
「当たり前ですけど、人が乗っているのですね」
当然ながら、ミスティカは人を殺したことがない。自分が殺されそうになったから反撃に転じるわけだが、相手を殺さずに制圧なんて悠長なことを言っていられる状況ではない。殺すか、殺されるかだ。
人を殺すということに躊躇いが生じ、操縦桿を握る手が震える。為す術なく殺される状況を脱することができたのだ、このまま逃げてしまえばいいのではないか。そんな迷いが頭をかすめた。だが、それでは問題の解決にはならない。
――手を汚す覚悟もないのに、戦闘用機械に乗ったの?
誰かが耳元で囁いたような気がした。そうだ、自分は大天回教が隠している歴史の真実を探るために旅立ったのだ。この世界の半分を支配している大組織を敵に回し、神の存在を確かめようとしているのだ。動けなくなった人間を一方的に殺害しようとするような見下げ果てた悪党を手にかけることも出来ないようでは、目的の達成など夢のまた夢というものだろう。
「くっ……神よ赦し給え」
神に許しを請う言葉だ。これを口にすれば、どんな罪も犯し放題。大嫌いな言葉だった。それが、自然と口をついて出た。
「ウォォォーン!」
ナンディが吠え、その顔を三匹のサソリに向ける。頭から伸びた二本の角が放電を開始し雷光をまとっている。あれが出力を上げ目標に高エネルギーの電気ショックを与えるのだ。機械に向けて使えば機能停止に陥らせるだけでなく、乗組員はまとめて感電、あの世行きだ。死の恐怖に駆られたサソリの操縦者達は、一斉に砲を向けて射撃を行った。
猛スピードで飛来する砲弾が、スローモーション映像のように遅く見える。覚悟を決めたミスティカの集中力は極限まで高められ、時間の流れすら遅く感じるほどになっていた。操縦桿を倒し、回避の命令をナンディに与える。
獣の形をしたアルマに、たった二本しかない腕で握った操縦桿から正確な動きを指示することはできない。必然的に、命令を与えられたアルマが自主的に動作を決めて実行することになる。ここではナンディが地面を滑るように横移動し、砲弾を回避した。アルマが操縦者の安全を考えてなるべく揺れないように移動したのだ。操縦者を思いやる優しさを持つアルマは、だが敵対者にはこの上もなく冷酷だった。
角から放たれた電撃によって沈黙したサソリを、更に飛び掛かって脚で踏み潰し、一匹ずつ丁寧に完全破壊していくナンディ。そんな操作をした覚えのないミスティカはしばし呆然としていたが、アルマの戦闘モードはある程度操縦者の意思を酌んで必要な攻撃行動を取ると習った。確かに自分はあのサソリ達を完全に破壊しようと考えていたのだから、ナンディの動きはまったく狙い通りだ。ここまで自動的に動いてくれるのかという驚きの方が強い。まさに以心伝心と言うべきか。
「アルマというのは、思ったよりずっと凄い技術で作られているのですね」
現代を生きる人間達は、自分達が操る機械に使われているテクノロジーを完全には理解していない。理解できないという方が正しい。機械を製造・整備する技術者達でさえ、古代の遺構から発掘されたアーティファクトを真似したりそのまま組み込んだりしているだけなのだ。
◇◆◇
アルマには高度な技術が使われているが、資源に乏しいこの星では、入手と加工が容易で強度も高い鉄が主な素材として使われている。特に重要な部分では希少金属を利用した合金が使われているが、機械の構成部分は八割がたが鉄でできているのだ。鉄が錆びにくい気候も鉄製機械が多い理由の一つだ。
アルマによる戦闘は大半が今回のように砂漠で行われ、戦闘時には砂埃が舞い上がって視界が砂に覆われる。戦場では多くのアルマ達が空まで覆う砂塵の中で壮絶な戦いを繰り広げる光景が見られた。
故に、報道を生業とする人々はしばしばアルマのことを記事文中でこう表現する――砂塵の鉄機兵と。
「なになに、『砂塵の鉄機兵、人に仇なすサソリを退治す』……カエリテッラでサソリ型のアルマが宣教師にボコボコにされたってよ、舐められたもんだぜ」
広大な砂の海、その一角に、要塞のような建造物がある。驚くべきことに、この建造物は常に動いているので、言うなれば移動要塞というものだ。その移動要塞の一室で、男が画面に浮かぶ報道記事を読んでいる。年の頃は三十代後半といったところか、若者というには成熟しすぎ、年寄りというほど衰えを感じさせない男の顔は豊かな黒い顎髭のせいであまり清潔感はない。服装はというと、全身黄色い――つまり砂漠用の迷彩カラーで統一された――丈夫な布地の戦闘服を着ている。
「笑いごとではないぞ、ヴィクトール。俺達はそんな話を聞いていない、つまり勝手に『スコーピオン』の名を騙って宣教師を襲い、しかも無様な返り討ちにあった奴等がいる。許すわけにはいかないな」
ヴィクトールと呼ばれた髭男に話しかけるのは、同じような服装をした、声の低い男だ。こちらは覆面をしていて、隙間から覗くグレーの瞳が強い眼光を放っている。
「この宣教師を襲うんですかい?」
「いいや、舐めた真似をしたのは騙りの方だ。そんなことをする必要があって、更に実行に移せる連中は、この星でも一つしかない」
「大天回教……奴等を狙うんで?」
「……怖いのか?」
「ハッハ、まさか! 久々に本気で暴れられそうでワクワクしてくらぁ!」
「全員に伝えろ、これより『スコーピオン』は大天回教の大聖堂を狙う」
砂海に名を轟かす砂海賊『スコーピオン』が、カエリテッラの首都を目指して移動を開始した。
◇◆◇
一方、戦闘の様子が全世界に報道されていたことも知らず、ミスティカは目的地を目指して砂漠を進んでいた。
「知識として知ってはいましたけど、砂漠は本当に広いですね」
自分が乗るナンディに話しかけながら、一面の砂を見渡してため息をつく。進路はナビゲートに登録してあるから問題ない。砂漠の暑さも、アルマに乗っていれば大丈夫だ。ただ、辺り一面が変わり映えのしない砂の景色というのは、精神的にくたびれる。旅の仲間も無口なナンディだけでは、どうにも退屈してしまうものだ。
そんなミスティカの心情を読み取ったのか、ナンディが近くにある町の情報を提示してきた。ここで一旦休憩したらどうかと提案しているのだ。
「そうですね、ちょっと町に寄っていきましょうか。ええと、『クラーラ』というのですね」
進路を少しそれて、クラーラの町へと向かった。雲をつかむような目的の旅だ。焦らずゆっくりと進めばいい。