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作者: エコエコ河江
N13B1b アルバイト 2
 サービス業の土日は書き入れ時だ。

 クリーニングの予約があると聞いた。何者かを記録する。業務中にカメラやメモなど普通は構えられないが、あやの義眼ならできる。自分だけの特技で役立つのは楽しい。

 朝食を済ませて、時間まで作戦会議と準備運動をしておく。

 あやは張り切って扉に手をかけた。普段の外出では手袋で義手を隠す。

「あれ、蓮堂も出かけ?」
「そうだが」
「一緒にいける?」
「椎名町だな。私は池袋だ」
「やたっ。久しぶりだね」

 あやは踊り場で振り返って待つ。蓮堂が明かりと戸締りを終えて降り始めたら、下で左右を確認する。自転車は見えない。

 横に並ぶには道が狭い。駅の直前までずっと狭い。改札を通ってようやく並んだ。

 池袋駅では車両の後ろ側がいい。蓮堂は西武南口を使う。池袋ほどの大都会にも人気ひとけがない道がある。あらゆる商業施設から遠くて人気にんきがない道だ。

 進行方向の右側の席に座った。池袋までの各駅でホームの人がどう動くか見やすい位置を陣取った。始発駅はこれが強みだ。誰もがばらばらに集まりばらばらに座る。そのおかげで、蓮堂にとってのいい席に座りやすくしてくれる。

 あやの目はつい、周囲の半袖に向いた。左右対称の優美な曲線だ。痒みを爪で片付ける。肘が冷たい金属に触れて跳ね戻る。ぶつけて痛がる。どれもあやにはない。

「彩、一緒にいて平気か」

 蓮堂がつぶやいた。電車は動く前から駆動音がある。他の誰にも届かない声で、あやにだけ聞かせた。

「どういう意味?」
「五十すぎの女と一緒にいて大丈夫かって意味だ。友達の母親はせいぜい四十代ばっかりだろ。気にしてないかと思ってな」

 歳が半端に離れている。おばあちゃんと孫と見るには近すぎて、親子と見るには遠い。高齢出産は子への悪影響がある。そのひとつが同年代の目線だ。加えてあやと蓮堂は血縁がない。賢い理屈をいくら並べても、世の多くは賢くないし偏見で動く。

「気にしてるのは蓮堂だよ。もうそんな時代じゃないの」
「時代って、一丁前に言ってくれるな」
「誰も気にしてないよ。親トークはあったけど、すぐ流れたし」
「ならいいがな。客人だ」

 蓮堂が目で示す。彼女はなうちゃんこと今村紗織いまむら・さおり、ひとつ前の席にいる友人だ。

「彩? 家ってこの辺だっけ」
「色々あってギボちゃんの家にしばらくいるの」

 あやは紹介した。

「こちらギボちゃんこと、自慢の母の蓮堂」
「な!? 自慢って」
「おやおやおや、褒められ慣れてなかったかあ」

 生身の右肘でつつく。蓮堂は今日も耳が隠れているが、きっと赤い。

「続いてこちら自慢の親友のなうちゃん、今村さんだからなうちゃんね」
「はじめまして。蓮堂さん? って名字ですよね。そこの探偵事務所の」
「その通り、蓮堂節子と申します。彩との関係は私から見て、優秀な助手の優秀な娘」
「それで。てことは助手さんは」

 言いかけたが今村は言葉を切った。車掌の言葉が強引にかき消した。発車が近い。

「ごめんなさい、考える前に喋る癖が出てしまいました」
「彩」
「そこは蓮堂が先でしょ。私より思い入れがあるはずだし」

 今村は笑った。二人は譲り合いをやめて聞く側に回る。

「仲良しなんだ。いい親子」
「そう! 超仲良い!」
「本当に彩は、誰に似たんだかな」

 電車が走り出す。地下鉄ほどうるさくはないが喋るには難しい。しばらくは笑ってごまかす。

「そういえばなうちゃんはどこに? あたしはバ」
「わたしもバだよ。ブクロのマでね」
「折を見て食べに行っちゃおかな。蓮堂もどう?」
「悪いが私はもう少し遠い。バイトじゃない職場だから、ショクか」
「泣いて蓮堂を切る。ズバーッ。ウッウッフッグスッ」
「なに笑ってんだ」

 息がぴったりの二人がいると他を押し除けて舞台に立ち続けてしまう。

 なうちゃんは観客に周り、あやと蓮堂の掛け合いを見る。あやの口から、学校ではあまり使わない言葉がいくつも出る。あやは聞き方に気づいて、普段と同じ言葉にしようと考えるものの、蓮堂がいるとつい地が出てしまう。

 誰にでも相手に合わせた性格がある。家族に対して、学校の友達に対して、学外の友達に対して、家族や友人の友人に対して、初対面の相手に対して。

 あやの場合は、話の流れが伝わらなかった経験から、蓮堂以外には捻りのない言葉にしている。なうちゃんならバとショクの話題から馬謖ばしょくを連想してくれそうだが、他の子はきっと伝わらない。

 電車は速い。あやが去った後に残る二人は、一駅とはいえ気まずくなる。今のうちに互いの共通点を探しておく。

 とはいえ片や五十三歳、片や十六歳では何も重ならない。蓮堂の話術を信じるしかなかった。

 あやは椎名町に降りた。『レディ・メイド』へ向かう。今度は大通りからまっすぐ、なんとなく歩いた人のつもりで。

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