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R-15
三十二話『そんなこと決まっている』
 何店舗か回った後、ちょうど昼時になったので、僕と沙々さんはお昼ご飯を食べることになった。

「沙々さんは何か食べたいものとかある?」

「島田は何が食べたい?」

「僕は沙々さんが食べたいものでいいよ」

「そうか、そうだな……」

 ショッピングモールのレストラン街を歩きながら、僕たちは何を食べるかを考える。

 辺りにはファミレスやカフェ、ラーメン店など、様々なお店が並んでいる。

 どれもこれも美味しそうに見えて、正直決めきれない。それに昼時もあってか、どのお店も列ができていた。

「う~む」

 沙々さんも何を食べようか決めかねている様子だ。行列に並ぶのが嫌いではないけれど、この手荷物の中で待つのは正直辛い。

 そんなことを考えていると、沙々さんが何か見つけたのか、そちらへと視線を向ける。

「おい島田、あそこなんかどうだ?」

 沙々さんが指差す方向を見ると、そこには洋風のお洒落なパスタ専門店があった。

 行列こそ出来ているものの他のお店と比べてそこまででもない。これなら少し待てばすぐに入れるだろう。

「うん、いいと思うよ」

 僕としても特に異論はない。僕たちは行列に並ぶと、順番が来るのを待つことにした。

 それから十分くらいのところで、ようやく僕たちの順番が回ってくる。

 僕たちは案内された席に座ると、メニュー表を開く。

「オレはカルボナーラにしようかな」

 メニュー表を見ながら沙々さんは呟く。

 僕はメニューを一通り見てから、注文するものを決める。

「僕はこのミートソーススパゲティにするかな」

 僕がメニュー表を閉じて、店員を呼ぶベルを鳴らす。するとすぐに店員さんがやってくる。

「お決まりでしょうか?」

 僕たちはそれぞれ注文したいものを店員に伝えると、そのまま料理が出てくるのを待つことにした。

「それにしても付き合わせて悪かったな」

 待っていると、沙々さんが突然そんなことを言ってきた。

「別に気にしなくても良いよ、沙々さんには色々と助けてもらっているし」

「しかし、改めて考えると、彼女持ちの島田とこうして一緒に出歩いているのは……その……なんだ……」

 視線を逸らしながら、沙々さんは口ごもる。その表情から察するに、きっと申し訳ない気持ちになっているのだろう。

 確かに傍目から見れば、彼女が居るのに他の女の子とデートをしている彼氏みたいな感じに見えるだろう。

「あいつが気にするタイプかと言われれば、そうではないのだが、それでもやはり……」

「僕と沙知が変な勘違いを起こさないように、心配しているって感じかな」

「ああ、そうだな……」

 本当にこの人はとてもいい人なんだな。何もそこまで申し訳なく思わなくても良いのに。

「ありがとう沙々さん、あとでちゃんと沙知には沙々さんが困っていたから手伝っていたって言っておくよ」

「いや、オレからあいつにちゃんと言っておく、人の彼氏を連れ回したのは事実だからな」

 沙々さんはそう言ってくれるが……。

「いや、でも……」

「いい、オレから言っておく」

 そんな押し問答をしているうちに料理が運ばれてくる。

「おまたせいたしました。こちらカルボナーラとミートソーススパゲティでございます」

 店員さんが運んできた料理をテーブルの上に置いていく。僕たちは一旦話を止めて、食事を始めることにするのだった。

「「いただきます」」

 沙々さんと僕は手を合わせ、声を合わせて言う。そしてフォークを手に取ると、早速食事を始める。

「うん、美味しい」

 一口食べるとその美味しさについ顔が緩んでしまう。沙々さんも同じように一口食べると、頬を綻ばせる。

「本当美味いな……」

 そんな感想を口にしながら、次々と口に運んでいく沙々さん。

 とても美味しそうに食べる彼女の反応は、やっぱり沙知と姉妹なんだと感じさせられる。

「ん? どうした島田?」

 僕からの視線に気がついたのか沙々さんは首を傾げながら訊ねてくる。僕は素直に思っていることを伝えることにした。

「いや、沙々さんって……ホント、沙知と姉妹なんだなって思って」

「なんだ、急に?」

 沙々さんは不思議そうな表情を浮かべる。僕はそんな彼女に笑みを浮かべながら口を開く。

「美味しそうに食べるところとかそっくりだなって……」

「そう……なのか? 自分では分からないな……」

 そんな沙々さんは少しだけ困ったような顔になるが、僕は気にせずに続ける。

「本当にそっくりだよ」

 普段はクールでカッコいい印象の強い沙々さん。それに対して天真爛漫な沙知。

 お互いに対極みたいな二人だけど、双子だからやっぱり似ている部分はあるんだな。

 そんなことを考えていると、ふと、沙々さんが何かを思い出したような顔を浮かべる。

「ああ、そういえば最近は沙知とはどうなんだ?」

 フォークでパスタを絡めとりながら、沙々さんは唐突にそんなことを聞いてきた。

「最近? 別になにも変わらないよ」

 僕はそう答える。特に沙々さんが気にするような変化はないと思っているのだけれど。

「本当か? 恋人になったということはもっと色々とあるだろう?」

「う~ん、でも本当に何もないよ? ちょっと前にテストがあってそれどころじゃなかったし」

「そういえばそうだったな……」

 沙々さんは何かを思い出したかのように呟くと、パスタを頬張る。

「テストで思い出した、そうだ!! この前のテスト、お前たちに負けたんだった!! あ~思い出したらまた悔しくなってきた」

 口の中に入っていたパスタを飲み込むと、沙々さんは思い出したかのように悔しそうにする。

 そういえば、この前のテストは沙々さんは学年三位だったような……。

「けど、その前は一位だったんだし、別に良いんじゃない?」

「いや、前回は前回、今回は今回だ!!」

 僕の言葉に沙々さんは悔しそうに反論する。この人も大概負けず嫌いなんだな。そういうところも沙知と似ていると思う。

「テストの順位が発表会されたあと、沙知のやつ、オレに向かってドヤ顔で勝ち誇ってきたんだぞ!! しかもこんなことを言って」

 沙々さんは喉の調子を整えるように咳払いをすると、口調を変えて話し始める。

「お姉ちゃん、あたしに負けるどころか頼那くんにすら負けるなんて、やっぱりあたしが一番頭が良いのが証明されちゃってごめんね~」

 沙々さんの口真似は驚くほどに沙知そっくりで、僕は思わず吹き出しそうになる。

 沙知がそんなこと言うかというと、間違いなく言う。

 なんだったらその光景を想像するのは容易だ。

「あはは……そ、そうなんだ……」

 僕は平静を装いながらなんとか返事を返す。

「ああ、だからムカついたからあいつの嫌いな激辛料理をその日の晩飯に出してやったよ」

「ああ……沙知って、辛いもの苦手なんだ……」

 好きな食べ物は最近知ったけど、嫌いな食べ物までは知らなかった。もし、沙知とどこか食べに行くときは、その辺りのことも注意しないとな。

「まあ、そんなことは置いておいて……いや、次は負けるつもりがないから気にする必要もないが、それよりも」

 沙々さんは一呼吸置くと話を続ける。

「お前たちは……その、本当に恋人としてまだ特に何もしてないんだろうな?」

「すごく僕たちの関係を気にしているんだね?」

「そりゃあな、人の恋バナならあれこれ聞きたいだろう、それも身内ならなおさら」

 まあ、確かに気になるのは分かる。他人の恋バナって意外と興味を引くものだし、ましてやそれが身近な人となればその熱の入りようは半端じゃないだろう。

「ホント、今度のデートが恋人らしいことをする初めてのデートだから」

「そうか……まあ、あいつのことだから恋人らしいこととか全く理解していないだろうな」

 沙々さんの言葉に僕は苦笑いを浮かべる。それは確かに間違いじゃない。

「沙知はデートよりも映画に行けることにはしゃいじゃっているみたいだし」

「ああ、最近はずっと映画映画と口ずさんでいるな」

「だよね」

 僕も沙々さんの意見に同意する。それだけ楽しみにしてくれているのは嬉しい。

 ただ、僕とデートして恋人らしいことって何なのかっていう知るという沙知の目的は、当の本人は忘れている気がする。

 そんなことを考えていたら、ふと一つ疑問が生まれた。

「そういえば……沙々さんは僕が沙知をデートに連れていくとこに対してどう思う?」

 あれこれ普通にデートに行くと話しているが、デートに連れ出す沙知は身体が弱い。

 というか沙知と付き合う前に沙々さんに彼女とデートは難しいと忠告されたくらい。

 そんな沙知をデートに誘うのは、本当はよく思わないんじゃないだろうか? 

「いや……特に問題はないだろう」

 しかし僕の予想とは裏腹に、沙々さんはあっさりとそう答えた。僕は思わず目を見開いてしまう。

「問題ないって……付き合う前に散々忠告していたのに?」

「ああ、あのときは確かにそう言ったな、だが、島田なら大丈夫だろう」

 沙々さんは柔らかな表情を浮かべながら答える。その表情と言葉には嘘偽りがあるようには見えない。

「どうして……」

 僕自身ですら、沙知とのデートが彼女に対して負担になるのではと思っているのに。

「どうしてだと? そんなこと決まっている」

 手に持っていたフォークを皿の上に置くと、沙々さんは真剣な表情で僕の方を見る。

「島田が好きな相手に対して真剣に向き合おうとする男だと、オレは知っているからだ」

 真っ直ぐに僕の目を見据えながら、沙々さんそう口にした。僕はその彼女の目から視線を逸らすことができなかった。

 そんな僕を見つめながら、彼女は口を開く。

「島田、お前、沙知のことが好きだろう?」

「もちろん、好きだよ」

 沙々さんの言葉に、僕は即答する。迷いはない、当然だ。

「そういうところだ、島田」

 沙々さんは口元を緩めながら呟く。一体、どういうところなのだろうか? そんな僕の様子を察したのか、彼女は言葉を続ける。

「島田はあいつに自分の思いを信じてもらうために、あいつの無茶振りを見事にやってみせた、それは、島田のあいつに対する想いが本物である証拠だろう?」

「まあ……あのときは色々と必死だったし、それに沙知と付き合えたのは沙々さんの力が大きかったから……」

「確かにオレも助力はした、しかし、あくまでもオレがしたのは勉強を教えただけであって、その結果はお前が努力した結果だ」

 沙々さんはそう言うと、コップを手に取り水を一口飲む。

「ただ勉強をしただけではあいつに勉強で勝てるわけがない、お前があいつに信じてもらうためにどれだけ努力ところをオレは見ていたからな」

「沙々さん……」

 その言葉に僕は胸が熱くなるのを感じた。ここまで誰かに褒められるのは初めてだった。

 こんなにも自分の努力を他人に認めてもらうというのは嬉しいことなんだと改めて実感する。

「そんな島田だから、あいつはお前のことを認知して覚えている、これは今までのあいつじゃあり得なかったことだ」

 沙々さんの言葉には力がこもっており、それが真実なんだと直感で理解できた。

「だからオレは安心して妹を任せることができる」

 力強い口調でそう話すと、彼女は真っ直ぐな瞳を僕に向ける。その瞳からは彼女の意思の強さが伝わって来る。

 そんな彼女の視線から僕は目を離すことができなかった。

「お前が妹のことを本気で想ってくれていることが分かっているからこそ、オレは沙知の恋人としてお前を信頼し、大丈夫だと判断した」

「……ありがとう沙々さん」

 僕は一言そう返すのが精一杯で、彼女の信頼に応える言葉が出てこなかった。

 そんな僕の様子を感じ取ったのか、沙々さんは穏やかな表情を浮かべながら口を開く。

「それにあいつは少しは外に出て、体力を付けたほうがちょうど良いくらいだからな」

 何て冗談を言いながら、沙々さんはフォークを手に取り、皿の上に残っているパスタを絡めとっていく。

「っと、折角のパスタが冷めてしまったな……」

 沙々さんはそう言って最後の一口を口の中に入れると、飲み込んでしまう。

 僕も皿の上に残っている自分の分の料理を急いで食べ終えることにしたのだった。

 そんな他愛のない話をしているうちに、食事を終えた。

 それからショッピングモールで沙々さんの買い物を手伝うことになる。

 買い物を全て終えたあとは、沙々さんと一緒に駅まで向かい、自宅の最寄り駅まで戻ってくる。

「今日は偶然だが助かった、ありがとう島田」

「こちらこそ、色々とありがとう沙々さん、けど、いいの? 荷物多いから、家まで手伝うよ?」

 沙々さんが買い物袋を持つ両手には荷物がいっぱいだ。さすがに女の子にこれだけの荷物を一人で持たせるわけにはいかないだろう。

「いや、大丈夫だ、ここまで来れば何とかなる」

 そんな僕の心配を余所に沙々さんは笑って答えると、そのまま自分の家の方向へと歩き出す。

「そうだ、来週のデート頑張れよ、じゃあな、島田」

 そう言って沙々さんは帰っていく。

「うん、じゃあね」

 そんな沙々さんを見送った後、僕も自分の家へと歩き出す。

 こうして予想外の事態はあったものの、沙知とのデートの下見は終わったのだった。

 こうしてデート当日を迎えることになった。

 いつもより早く目が覚めてしまった僕は、少し早めに身支度を整えていた。

 そんな最中、僕のスマホに沙知からメッセージが届く。

『ごめんなさい、体調悪くなったからデート行けない』

 そう書かれたメッセージが送られてきたのだった。
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