ガールズ・ロマンス
これまた5月の連休前のある日、桃山は悩んでいた。メンバーも増えてきたが、『異世界大戦』にはまだまだ解決しなければならない問題があった。そのコンセプトからして、どうしても欠かせない職種をまだ採用できていないのだ。
「そういや亮太。本格ストーリーRPGなんて言うからには、シナリオは書けるのか?」
月本に尋ねる。売りとなるその本格ストーリーが書ける者がいなくては話にならない。求人を出してはいたが、応募はいまのところ皆無だった。
「設定は既にあるし、ちょっと手伝ったことはあるんで、ある程度ならできるかとは思うんですが……」
どこか言いづらそうに返す。絶対にやりきるほどの自信はなく、誰か経験者を採用しないと完成する見通しが立たないことは月本もわかっているらしい。
「『パズモン』にヘルプを頼めなくもないが、あっちのストーリーはオマケみたいなもんだからなあ」
「それなら私に任せてください!」
そう言って現れたのは福田だ。自信満々にスマホを取り出して置き、彼女のSNSアカウントを桃山に見せる。
「ん、なんだこれ……ふみえ?って、えっ、フォロワー1万人!?」
「そう、これ、私なんです!界隈じゃちょっとした有名人の私のアカウント、利用しない手はないでしょ?」
SNSにはそこまで詳しくないが、そういうことなら任せてみてもいいかもしれない。
「それは助かる、頼んだぞ文江先生!」
漫画家であるかのように、実際彼女は漫画家ではあるのだが、思わず先生をつけて呼んでしまう。
「あれ、そういえば、アカウント2つあるんですか?」
なにかに気づいた月本が、福田のスマホに指を伸ばし、タップしてアカウントを切り替える。
「あ、ちょっ、やめろ!!!」
思わず素に戻って止めようとする福田だったが、時既に遅しだった。
切り替わったアカウントのアイコンを見ると、線の細い絡み合う上半身裸の男子二人と、その背景に咲き誇るたくさんの花の絵があった。
「……おっと、そろそろミーティングだ。そういうことだから、進捗あったら教えてくれ」
なにか見てはいけないものを見てしまった桃山は、それにはあえて触れずに足早に去っていった。
「……僕のアカウントの方でも当たってみます。とその前にトイレ、と」
「こらっ、亮太、待てー!」
月本も同様に、足早に福田から去っていくのだった。
◆◆◆
後日応募してきたのは、乙女ゲームでシナリオを書いているという、土屋紗和子(つちやさわこ)だ。面接前に履歴書を確認しながら、桃山は福田と話していた。
「なるほど、なかなか良さそうじゃないの。んでこのガールズ・ロマンスってのは?」
履歴書に書かれた内容を尋ねてみる。
「えっ、桃山さん知らないんですか?元祖乙女ゲーでしょ!面接直前なのに大丈夫ですか?女の子が主人公で、イケてる男の子達と恋愛するんです!声優が豪華で、イベントも結構やってるんですよ」
食い気味に畳みかけてくる。ガールズ・ロマンスにも複数のシリーズがあって、簡単に言えばギャルゲーの逆バージョン、ということらしい。他の作業に忙しく、面接の下調べや準備の時間が取れなかったというのが本音だが、それを言ったところで言い訳にしかならず火に油を注ぐだけだろう。桃山がどうしたものかと気圧されていると、福田は更に積極的な提案をしてきた。
「もう、頼りないから私が面接で全部質問します!亮太くんもそれでいい?」
「え?はい、そういうことであれば僕はOKですけど」
本来は月本と二人での予定だったが、色々と詳しく知っている福田を外す理由もなく、ノーとは言えない桃山だった。
◆◆◆
「そっかそっか、んで紗和子ちゃんはスマホの開発はやったことあるの?」
「ううん、そっちは初めてかな」
開始数分で異常なコミュ力を発揮した福田は、すでに気心知れた友人のようなテンションで矢継ぎ早に質問をしていた。土屋の方も既に候補者らしからぬタメ口になっているが、桃山が聞こうと思っていた内容もしっかり答えてくれているとなれば、結果オーライかと見守ることにしたのだった。というより、割り込む隙もないほどに二人で盛り上がっていた。
ちなみに月本は端で空気になっている。
「『時空を超えて』シリーズだと誰がお気に入り?」
「私はやっぱ有臣様かな、自分で書いたんだけどね」
「有臣様!わかる~!主人公と敵同士になのにそれをお互い知らずにってのが泣けるのよね」
もはや止まらない女子二人のトークに入り込めない桃山だが、なんとか参加しようと少し途切れたタイミングを見計らって切り出した。
「じゃあちょっと質問というか俺からもいいか?」
「はい、ごめんなさい!ついつい楽しくて話し過ぎちゃいました」
小柄で眼鏡をかけており、いかにも文学少女といった雰囲気で愛嬌のある土屋は、姿勢を正し、桃山の言葉を待っている。
「男がいっぱい出てくるゲームなんだろ?男同士で仲良くなったりとか、そういうのはあるのか?」
なんとなく興味本位で聞いた質問は、女性陣二人の逆鱗に触れてしまったようだ。
「「BLとは違います!」」
二人の息の合った、熱のこもった言葉にひるむ。
「そっちはそっちでまた別の良さが、って何言わせるんですか桃山さん!」
福田がノリツッコミを重ねて、土屋も声を出して笑っている。もはや面接の体を成していない気もするが、桃山には軌道修正する方法がわからなかった。
「ぜひ『時空』シリーズやってみてください、自信作です。シナリオライターなら、作品を見てもらうのが一番早いですから。実は今日、一本布教用に持ってきてるんです!」
そういって立ち上がった土屋に言われるままにソフトを押し付けられた桃山は「ああ、やってみる」と絞り出すのがやっとだった。
その後は30分予定をオーバーするまで、所々に面接にふさわしい質問と回答もありながらも、ガールズトークをひたすら聞かされる羽目になった。
結局、面接を通して月本は自己紹介以外一言も喋らなかった。
◆◆◆
その後帰宅した桃山は、土屋から借りたソフトを早速携帯ゲーム機でプレイしていた。乙女ゲームどんなものか半信半疑だったが、史実をベースにアレンジした異世界を舞台に、少女漫画風の美麗なCGイラスト、簡単ではあるが戦闘要素もあり丁寧な作り込みで、男の桃山からしても十分楽しめるものだった。
「そんな、有臣様……!」
いや、十分以上に心を動かす素晴らしい作品で、思わず涙をこぼしていた。
「げ、お父さん何やってるの」
部屋からリビングに出てきた春子が、明らかに引いている。
「ああ、これは勉強というか、会社で勧められたんでな」
ティッシュで鼻をかみながら答える。
「そうなんだ……って、ああ!これ結構評判良いよね!私もやっていい?」
中年男が乙女ゲームをプレイして涙を流す異様な光景を見たにも関わらず、パッケージを見つけると春子は顔を輝かせ、なかなか良い反応を見せた。ファンの間では有名なシリーズなのかもしれない。陽子も機嫌よくキッチンから話しかける。
「ずいぶん楽しそうね、私も春子が終わったらやってもいい?」
家族の絆も深まったような気がしたし、良いことずくめである。
「ちくしょう、悔しいが、文句無しで採用だ……!」
こうして、土屋紗和子は有無を言わせぬ実力で桃山から内定を引き出し、シナリオライターとしてジュエルソフトウェアに入社することになった。
「そういや亮太。本格ストーリーRPGなんて言うからには、シナリオは書けるのか?」
月本に尋ねる。売りとなるその本格ストーリーが書ける者がいなくては話にならない。求人を出してはいたが、応募はいまのところ皆無だった。
「設定は既にあるし、ちょっと手伝ったことはあるんで、ある程度ならできるかとは思うんですが……」
どこか言いづらそうに返す。絶対にやりきるほどの自信はなく、誰か経験者を採用しないと完成する見通しが立たないことは月本もわかっているらしい。
「『パズモン』にヘルプを頼めなくもないが、あっちのストーリーはオマケみたいなもんだからなあ」
「それなら私に任せてください!」
そう言って現れたのは福田だ。自信満々にスマホを取り出して置き、彼女のSNSアカウントを桃山に見せる。
「ん、なんだこれ……ふみえ?って、えっ、フォロワー1万人!?」
「そう、これ、私なんです!界隈じゃちょっとした有名人の私のアカウント、利用しない手はないでしょ?」
SNSにはそこまで詳しくないが、そういうことなら任せてみてもいいかもしれない。
「それは助かる、頼んだぞ文江先生!」
漫画家であるかのように、実際彼女は漫画家ではあるのだが、思わず先生をつけて呼んでしまう。
「あれ、そういえば、アカウント2つあるんですか?」
なにかに気づいた月本が、福田のスマホに指を伸ばし、タップしてアカウントを切り替える。
「あ、ちょっ、やめろ!!!」
思わず素に戻って止めようとする福田だったが、時既に遅しだった。
切り替わったアカウントのアイコンを見ると、線の細い絡み合う上半身裸の男子二人と、その背景に咲き誇るたくさんの花の絵があった。
「……おっと、そろそろミーティングだ。そういうことだから、進捗あったら教えてくれ」
なにか見てはいけないものを見てしまった桃山は、それにはあえて触れずに足早に去っていった。
「……僕のアカウントの方でも当たってみます。とその前にトイレ、と」
「こらっ、亮太、待てー!」
月本も同様に、足早に福田から去っていくのだった。
◆◆◆
後日応募してきたのは、乙女ゲームでシナリオを書いているという、土屋紗和子(つちやさわこ)だ。面接前に履歴書を確認しながら、桃山は福田と話していた。
「なるほど、なかなか良さそうじゃないの。んでこのガールズ・ロマンスってのは?」
履歴書に書かれた内容を尋ねてみる。
「えっ、桃山さん知らないんですか?元祖乙女ゲーでしょ!面接直前なのに大丈夫ですか?女の子が主人公で、イケてる男の子達と恋愛するんです!声優が豪華で、イベントも結構やってるんですよ」
食い気味に畳みかけてくる。ガールズ・ロマンスにも複数のシリーズがあって、簡単に言えばギャルゲーの逆バージョン、ということらしい。他の作業に忙しく、面接の下調べや準備の時間が取れなかったというのが本音だが、それを言ったところで言い訳にしかならず火に油を注ぐだけだろう。桃山がどうしたものかと気圧されていると、福田は更に積極的な提案をしてきた。
「もう、頼りないから私が面接で全部質問します!亮太くんもそれでいい?」
「え?はい、そういうことであれば僕はOKですけど」
本来は月本と二人での予定だったが、色々と詳しく知っている福田を外す理由もなく、ノーとは言えない桃山だった。
◆◆◆
「そっかそっか、んで紗和子ちゃんはスマホの開発はやったことあるの?」
「ううん、そっちは初めてかな」
開始数分で異常なコミュ力を発揮した福田は、すでに気心知れた友人のようなテンションで矢継ぎ早に質問をしていた。土屋の方も既に候補者らしからぬタメ口になっているが、桃山が聞こうと思っていた内容もしっかり答えてくれているとなれば、結果オーライかと見守ることにしたのだった。というより、割り込む隙もないほどに二人で盛り上がっていた。
ちなみに月本は端で空気になっている。
「『時空を超えて』シリーズだと誰がお気に入り?」
「私はやっぱ有臣様かな、自分で書いたんだけどね」
「有臣様!わかる~!主人公と敵同士になのにそれをお互い知らずにってのが泣けるのよね」
もはや止まらない女子二人のトークに入り込めない桃山だが、なんとか参加しようと少し途切れたタイミングを見計らって切り出した。
「じゃあちょっと質問というか俺からもいいか?」
「はい、ごめんなさい!ついつい楽しくて話し過ぎちゃいました」
小柄で眼鏡をかけており、いかにも文学少女といった雰囲気で愛嬌のある土屋は、姿勢を正し、桃山の言葉を待っている。
「男がいっぱい出てくるゲームなんだろ?男同士で仲良くなったりとか、そういうのはあるのか?」
なんとなく興味本位で聞いた質問は、女性陣二人の逆鱗に触れてしまったようだ。
「「BLとは違います!」」
二人の息の合った、熱のこもった言葉にひるむ。
「そっちはそっちでまた別の良さが、って何言わせるんですか桃山さん!」
福田がノリツッコミを重ねて、土屋も声を出して笑っている。もはや面接の体を成していない気もするが、桃山には軌道修正する方法がわからなかった。
「ぜひ『時空』シリーズやってみてください、自信作です。シナリオライターなら、作品を見てもらうのが一番早いですから。実は今日、一本布教用に持ってきてるんです!」
そういって立ち上がった土屋に言われるままにソフトを押し付けられた桃山は「ああ、やってみる」と絞り出すのがやっとだった。
その後は30分予定をオーバーするまで、所々に面接にふさわしい質問と回答もありながらも、ガールズトークをひたすら聞かされる羽目になった。
結局、面接を通して月本は自己紹介以外一言も喋らなかった。
◆◆◆
その後帰宅した桃山は、土屋から借りたソフトを早速携帯ゲーム機でプレイしていた。乙女ゲームどんなものか半信半疑だったが、史実をベースにアレンジした異世界を舞台に、少女漫画風の美麗なCGイラスト、簡単ではあるが戦闘要素もあり丁寧な作り込みで、男の桃山からしても十分楽しめるものだった。
「そんな、有臣様……!」
いや、十分以上に心を動かす素晴らしい作品で、思わず涙をこぼしていた。
「げ、お父さん何やってるの」
部屋からリビングに出てきた春子が、明らかに引いている。
「ああ、これは勉強というか、会社で勧められたんでな」
ティッシュで鼻をかみながら答える。
「そうなんだ……って、ああ!これ結構評判良いよね!私もやっていい?」
中年男が乙女ゲームをプレイして涙を流す異様な光景を見たにも関わらず、パッケージを見つけると春子は顔を輝かせ、なかなか良い反応を見せた。ファンの間では有名なシリーズなのかもしれない。陽子も機嫌よくキッチンから話しかける。
「ずいぶん楽しそうね、私も春子が終わったらやってもいい?」
家族の絆も深まったような気がしたし、良いことずくめである。
「ちくしょう、悔しいが、文句無しで採用だ……!」
こうして、土屋紗和子は有無を言わせぬ実力で桃山から内定を引き出し、シナリオライターとしてジュエルソフトウェアに入社することになった。