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作者: 矢賀地 進
同期
 桃山がキャリア強化ルームに配属になり、すでに二ヶ月が経っていた。初日にいた社員の中には、何も言わずに消えていった者もいる。
 給料も支給されているとはいえ、実質的に嫌がらせの業務のストレスは相当のもので、桃山は既に転職活動を開始していた。もとより、それが会社側、沼田の目的だ。

 そうして職務経歴書や履歴書なんてものを書き上げ、応募できる会社を探してみても、なかなかディレクターレベルの求人は見つからない。選考が進んだ案件でも、関わっていたタイトルを告げると面接官にいまいちな反応をされ、結局は”お祈り”されるのが常だった。思った以上に『レジェンズユニバースオンライン』、もしくはシリーズの悪評は出回っているのかもしれない。

 求人で言えば、スマホゲームのものもあったのは事実だ。ただ、桃山にはこれまで家庭用のRPGを作ってきたという自負があり、どうせならゲームらしいゲームを作りたいというこだわりを、ここに来ても捨てられずにいたのだった。

 社内に受け入れ先がないか、心当たりもほぼ全て当たった。ただ一人、同期の伊賀基嗣(いがもとつぐ)を除いては。

「常務取締役兼開発2部部長、か。大層な肩書なこった」

 ◆◆◆
 数年前。桃山は伊賀と会議室で話をしていた。開発2部で同じタイトルに関わる二人だったが、桃山は同じく同期でオンラインゲーム部の課長・沼田から異動の誘いを受けていた。

「桃山、考え直せ!沼田には気をつけろと言っただろう。話がうますぎる」

「そんなことはわかってる。でもな、オンラインゲーム部でディレクターできるやつが足りてないし、新規タイトルの予定もあるみたいでな。止めるってんなら、俺にもそろそろでっかく仕事を任せてほしいもんだがな」

「そう焦るな。現場を取りまとめるのはまた違った大変さがある。向き不向きがあるだろう。お前は手を動かしてたほうが良さが活きる、良いゲームになるんだよ」

 このやり取りは何度めかわからない。苛立ちに思わず語気が荒くなる桃山だった。

「『レジェンズ』で100万本売り上げたんだぞ、100万本だ。それでも昇進するには不足ってことかよ!」

 伊賀も我慢の限界が来たのか言い返してくる。

「ああ、そうだよ、適材適所って知ってるか!桃山。お前は人の上に立つのがどういうことかわかってない。良い仕様を書けばそれだけで良いゲームになるか?違うだろ!プログラマーやアーティストと相談して、若い奴らの面倒見てケツ叩いて、いくらでもやることはあるんだよ!」

「んなこたぁわかってんだよ、何年この仕事やってると思ってんだ、舐めやがって!」

「……黒柳部長が生きてたらなんて言うだろうな。大事な一人娘を任せたのがこんなヤツだと知ったら」

 頭に血が上った桃山は思わず掴みかかった。

「伊賀、言っていいことと悪いことがある!陽子のことは関係ないだろ……見てろ、向こうで一発当ててやるからな」

「ああ、どこにでも行っちまえ!」

 桃山が伊賀と話をしたのは、それが最後だった。

 ◆◆◆

 結局、伊賀は間違っていなかった。目先の昇進に釣られて沼田のもとに異動した結果がこれだ。だが、背に腹は変えられない。時刻は朝9時。ゲーム会社にしては早朝と言っていい時間だ。伊賀も桃山と同じく朝型で出社も早く、この時間には作業をしていてもおかしくない。パソコンから社内のサイトで伊賀の内線番号を調べ、部屋に一台だけある電話から発信する。

 一回のコール音の後、素早く電話に出た伊賀の声が聞こえる。

「はい、2部伊賀」

「...…桃山だ」

 一瞬の間のあと、返ってきた声は桃山が思っていたよりずっと明るいものだった。

「お、おう!桃山か!なんだ、久しぶりだな。元気してたか」

「ああ、まあ、元気というか、なんというか」

 どこか嬉しさを隠しきれていない伊賀の声に拍子抜けする。もっと手厳しい言葉を想像していたのもあり、気の抜けた返事をしてしまう桃山だった。

「聞いたぞ、サービス停止だって?大変だったな。その分新規タイトルも色々動いてるんじゃないのか?……いや、待て。桃山、今どこからかけてる」

「ああ。それなんだが。実は地下のキャリア強化ルームに飛ばされちまって……」

 伊賀の息を飲む気配が伝わり、態度が変わる。

「そういうことか。受け入れってことなら、悪いがうちも人は増やせなくてな。力になれない。せっかく連絡もらったのに悪いな」

「……」

 想像してはいたが、やはり他と同じ対応をされる。

「なあ伊賀、内線じゃなんだ、今度久しぶりにメシでも……携帯は知ってんだろ」

「悪い、こっちも忙しいんだ、切るぞ」

「おい、待てよ」

 逃げるように電話を切られ、あとはツーツーという音が聞こえるだけだった。

 社内での最後の望みも絶たれ、大きくため息をつく。この後もやらされるであろうどうでもいい雑用を想像し、憂鬱な気分になる。

(さて、どうすっか、スマホゲームの会社も応募してみるか。そういや、あいつの企画、うまくいっているといいが)

 月本亮太。桃山が異動する少し前に退職し、送り出した部下のことを思い返す。

 だが、それよりもまずは――。

(いい加減、ちゃんと陽子に話しないとな)

 もう腹を括るしかない。まだ告げていない異動の件、そして今後について、妻に話をしようと決意した桃山だった。
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