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作者: 矢賀地 進
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俺はああああ。どこにでもいる普通の高校生だ。

 いや、どちらかというとインドア派の陰キャと言えるかもしれないな。コンピュータ部だし。

 そうそう、今の状況を整理すると。

 確か、部室を整理してたら、見慣れない古いおもちゃのベルトを見つけたんだっけ。

 昔テレビで見たヒーローみたいで、懐かしくて着けてみたら、なにか声が聞こえたような――
気がついたらこの空間に飛ばされていた。

 ここはどうみても学校じゃない、そもそも日本じゃないし、地球かどうかすらも怪しいぞ。

 そこらの草は見たことない色と形だし、見たことのないドラゴン(?)が飛んでるし。


 もしかしてこれ、いわゆる異世界召喚ってやつ!?


 ――それは追々わかっていくだろうから、さしあたっての問題は。

 目の前にめっちゃでかくて凶暴そうな、ウサギ的なクリーチャーがめっちゃこっちを見てるんですけど!!

 今にも襲ってきそうなんですけど!!

 武器になりそうなものは……何もなし。ここは実は秘められたベルトの力でってパターン!?

 これから一体どうなっちゃうの!?

 ◆◆◆

 都内某所、新興ゲーム開発会社・ジュエルソフトウェアでは、新作のスマートフォン向けRPG『異世界大戦ワンダラーズ』のリリース日を迎えていた。どこか浮ついた雰囲気が漂う中、ディレクターの桃山広太朗はQAテスターが集まるデスク付近に来ていた。実際、リリース直前ともなれば、テストプレイ以外にやれることは意外と少ない。誰も考えることは同じなのか、周辺には開発の主要メンバーが集まっていた。

「修平、どう?やってる?」

「はい、今の所特に不具合なし、チュートリアルバトルも課金も問題なしです!ストアにもアプリ反映されてますよ」

 直島修平は冷静に現状を報告した。テストとバグ修正はすでに前日までに終え、念の為の最終確認だ。ごく軽い表示上の不具合はいくつか残っているが、次のアップデートに回す判断がなされている。

「でもさ、『ああああ』って、もうちょっと他に名前なかったの?」

「テスト用なんだから何でも良いでしょ……それを言ったら桃山さんだって『もももも』でしょう?早口言葉かって話ですよ」

「はっはっは!バレたか」

 周りもつられて笑う。この業界の常としてリリース前はとても忙しいが、それを過ぎた今は少しリラックスしたムードが漂っている。修羅場を切り抜けたあとの、この一仕事終えた雰囲気が桃山はとても好きだった。やれることはやった。何かトラブルがあれば対応するが、あとは見守るだけだ。桃山たちがテスト用アカウントの名前を何にするかで盛り上がっていると、エンジニアの冴川賢が声をかけてきた。

「直島さん、リリース前チェックリスト、確認でき次第教えて下さい。こちらはメンテナンスを開ける準備に入ります」

「了解です、もうすぐ終わります!」

 直島はテスト用の端末に向き直ると、残り少ないチェック項目の確認作業に戻った。

 ◆◆◆

 少し離れた場所で、福田文江は『異世界大戦ワンダラーズ』のアプリを自身のスマートフォンにインストールしながら、月本亮太と話していた。

「お、起動できたできた、ちゃんとメンテナンス中と……。にしても、ついにリリースって、やっぱ亮太くん的には感慨深いんじゃない?」

「ですね、なんとか形になってホッとしてます。どうですか?デザインしたキャラクターがゲーム中で動いてるのは」

「そりゃーやっぱり嬉しいよね!ちょっと今回のデザインは”抑え気味”だけど」

「抑えないとアプリの審査通りませんよ……そういう表現は結構厳しいんですから……」

 福田の個人的な趣味の話に付き合わされそうな気配を察した月本は、助けを求めるように野間吉宏のデスクを見たが、肝心の彼は椅子の上にあぐらをかいてテストプレイに熱中していた。

 再現が難しい不具合、致命的な停止バグも、ベテランの彼にとってはどうということはない。ギリギリまでバグ修正に追われていた様子の彼も、やっとこのタイミングでまともにプレイできているらしかった。

「おー、いい展開だねこれは!なるほどそう来るわけね、いやー俺はこのストーリーなんだかんだで結構好きだわ」

 いつものように脈絡のない唐突な野間の独り言に、後ろに立っていた土屋紗和子がガッツポーズをしているのが見えた。彼女がこちらに振り返り、してやったりの表情を見せつけてくるのが可笑しくて、二人は顔を見合わせて笑った。

 ◆◆◆

「冴川さん、チェック完了しました!」

「ありがとうございます、このPCでエンターキー押していただければ、サーバーがメンテナンスから開けるようになってますが……その前に。ここは桃山さん一つ音頭を」

 こういうときに締めるのはやはりディレクターの役割だと考えたのだろう。桃山は立ち上がり冴川からノートPCを受け取ると、なるべく皆から見やすいフロアの中央辺りに向かい、声を張り上げた。

「はーい、注目!というわけで皆さんお疲れさま!まずは無事にこのリリース日を迎えることができました、拍手!」

 近くのデスクにノートPCを置き、両手を頭上に上げて叩くと、つられて拍手が巻き起こった。皆の表情は明るい。

「ここまで色々と大変だったけど、皆本っ当にお疲れさまでした!とはいえ、モバイルゲームはここからが本番だから気を抜くなよ!これからもどんどん良いゲームにしてガンガン稼いでいくから、そのつもりで!」

 いくらかのブーイングと笑いが混ざる。モバイルゲームの宿命として、ユーザーを飽きさせずに長期間プレイさせ続けることが求められ、定期的にコンテンツを追加し続ける必要がある。コンシューマゲームのように発売してそれで終わりというわけにはいかないのだ。

「と、いうわけで、このエンターキーを押すと、メンテナンス開けるわけだけど……はい3、2、1!」

 でキーを叩くフリをする。

「……で開けますよ~、と。言いたいところだが!この役割は是非とも、亮太にやってもらいたいと思っている」

 お約束で場を和ませつつ、月本の方を見た。そもそもこのプロジェクト自体、彼こそが発起人と言っても過言ではない。桃山も手助けはしたし、他のメンバーの意見も反映されてはいるが、もともとの企画書は彼が最初に書きあげたものだ。

「えっ、僕?あ、はい、わかりました、えっと、それじゃ、何言おうかな……」

 予想しない突然の指名に月本が返答に困っていると、

「『よろしくお願いしまーーーーす』ね!」

 と福田の遠慮ないツッコミが入り、どっと笑いが巻き起こった。

「私としては、月本さんには”世界”を”再構成”していただきたいところですが」

 冴川も続く。

「ああもう、みんな好き勝手言わない!静粛に!」

 月本はノートPCを受け取り、左手に持つと、深呼吸をしながら周りが静まるまで待った。そして皆が注目する中。

「スマートフォン向けRPG『異世界大戦 ワンダラーズ』サービス開始します!!」

 フロア中に響く声でそう告げると、大げさに右手を振りかぶってエンターキーを叩いた。

 ◆◆◆

 これは、まだモバイルゲームが今ほど当たり前でなかった頃。

 亡き友との約束を果たす為。

 或いは、諦めてしまった夢ともう一度向き合う為。

 そして、若き才能の輝きと、家族の幸せを守る為。

 それぞれの情熱を胸に、ゲーム開発に全てを賭けた者達の物語である――。
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