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作者: ちありや
第206話 ゆり
「マジボラ魔界ツアー」は盛況のうちに無事終了した。日本の約2倍の速度で時間の進むギルの魔界で、つばめ達の過ごした時間は3日強。事前準備や事後処理等で掛かった時間を加味して、正味2日間行方不明になっていた事になる。

 つばめら生徒の家族は当然ながら大層心配し、学校や警察としても『生徒の集団失踪事件』として捜査本部を立ち上げる騒ぎとなっていた。

 しかしながらつばめ達の帰還後、騒動は加速度的に収束していき、マスコミが嗅ぎつける前に完全に円満解決させる事に成功した。

 からくりはこうだ。「今回の失踪は『魔法奉仕同好会』の部員合宿であり、事件性は無い。しかしながら学校への連絡を怠った為に、生徒家族や学校に無用の心配を抱かせてしまった」というシナリオである。

 加えてこれらの報告を事情を知る武藤に任せた事で、学校にも警察にも顔の効く武藤の絶大な発言力を以て周囲のあらゆる疑問を捻じ伏せる事が可能であった。

 現にそれによってつばめや沖田らは『部活で家を空けただけ(沖田は交友関係上、強引に付き合わされた、という設定)』として制度的なお咎めは無しとされた。
 大豪院と蘭を除く全員が両親から大目玉を食らう羽目になったが、まぁそれは仕方のない事だろう。

 ただ、これらの問題を起こしたマジボラ部長の睦美と副部長の久子は再度の停学処分となり、顧問のアンドレも減給処分となった。
 そしてこれを機と見たのか、当初の目的を果たして存在意義を無くしたマジボラに見切りを付け、睦美と久子はそのまま自主退学、アンドレも同様に学校を辞職するという運びになった。

「もうこの世界には用は無いしね。さっさとアンコクミナゴロシ王国に帰って、国の再建をしなくちゃ」

 だそうである。後はこちらの世界での雑事を片付けて、睦美達はアンコクミナゴロシ王国の世界に帰っていく事になる。恐らくはそれが今生こんじょうの別れとなるだろう。

 ☆

「うー、緊張するなぁ… どんな顔すれば良いんだろう…? 御影くん、もし悲しい結末になったら慰めてね…?」

 蘭に借りた瓢箪岳高校の制服を着て、ダサ目に髪を粗く縛って、野々村から借りたメガネで変装(?)したユリがガチガチに固まっている。

 この場に居るのはユリ、つばめ、蘭、野々村、そして御影の5人である。傍目には女子高生5人がワキャワキャと戯れている様に見えるが、これは重要な任務でもあるのだ。

 ユリには生前アキトというボーイフレンドがいた。ユリは交通事故で即死しており、家族やアキトに別れの挨拶すら出来なかった事を痛く後悔していたのだ。

『家族はともかくアキトの現在いまを見てみたい。もしまだ悲しんでいるようなら、何か手を打ちたい』というユリの希望で、アキトの通う大学の近くまで出張してきた、という訳である。

「何かしたいと言っても名乗り出る訳にもいかないから、具体的にどうするとかは考えてないんだけどね…」

 いつものハキハキ元気印のユリとは打って変わって、乙女らしくモジモジしているユリ。つばめ達もユリの初々しい仕草を楽しむ様に一様にニンマリとしていた。

「あ、あの人じゃないですか、アキトさんって」

 視力も強化されている蘭が、いち早くユリから聞いていた人相風体の男を発見する。
 背が高く、落ち着いた感じの好青年に全員の視線が集中する。寝不足なのか、無防備に欠伸あくびをしながら正門から出てくる所であった。

「アキト…」

 ユリが口を押さえて涙ぐむ。まさか再会できるとは思ってもいなかった相手、元気でいてくれた。それを確認出来ただけでもユリは感動で胸がいっぱいだった。

「アキト、少し痩せたんじゃない…? 私のせいかな…? 寂しい思いをさせちゃってゴメンね…」

 ユリが亡くなってから1年以上が経つ。もしアキトが喪に服していたのならば、そろそろ次の恋を見つけてもいい頃だろう。
『私の代わりに彼女が出来たら、絶対にその娘を幸せにして上げて…』そんな事までユリは考えていた。前を向くアキトを応援したいと思っていた……。

「ア〜キトっ、どうした? 元気無いぞぉ?」

 アキトの後ろからユリに近い背格好で髪の長い女子学生が走り寄り、アキトの背中を叩いて腕を組んできた。
 その後、その女子学生はアキトに甘える様子を周りに見せつける様に彼の肩に顔を擦り付けたり、楽しそうに話しかけたりしていた。

『あ… え…? あ、でもそうだよね… 1年も経ってたら別の女の子と付き合うよね。アキト優しいもんね…』

 他の女が好きな男に甘えている。アキトも満更でも無さそうに軽口で答えている様だ。
 ユリの胸に重苦しい物が込み上げる。彼の幸せを望んでいたはずなのに、いざ目の前で他の女と仲睦まじい様子を見せられると辛くて堪らない。

 ユリは腹痛を感じて両手を腹に当てる。腹からこの辛さを取り出せたら良いのに、と手を脇に寄せる。直接言葉をかける訳にはいかないが、この気持ちだけでも彼にぶつけて楽になってしまいたい… ユリのそんな気持ちが……。

「ユリさん! ボンバー出てるボンバー!」

 つばめの声でユリはハッと我に返る。ユリは無意識のうちにリリィボンバーを練り上げ、今まさにアキトに向けて放とうとしていたのだ。

 慌ててボンバーを消し去って額の脂汗を拭うユリ。つばめのひと声が無ければ危うく殺人犯になるところであった。

「う〜、でもなんか納得いかない! 新しい彼女の顔を見てくる! 私よりブスだったらマジでボンバーだかんね! 私より美人だったらストライク!」

 『それ一緒やん』とつばめ達がツッコむ間もなくユリは1人でずんずんとアキト達に近付いて行く。

 腕を組んで歩いているアキト達を後ろから追い抜く形でユリは2人の顔を確認した。そしてその瞬間ユリは固まって動かなくなってしまった。

 アキト達はユリの変装に気付くことなく『変な女子高生がいるな』程度の視線を交わし、ユリを無視して先へと歩いていった。

 固まったまま動かないユリを案じてつばめ達もやって来る。

「ユリちゃん、大丈夫? 何かあった…?」

 御影が心配してユリに声を掛けるがユリは反応が無かった。本気で心配した蘭がユリを揺さぶろうとした時にユリが口を開いた。

「私だった… あの娘の顔、私だったよ… どういう事かな…?」

 ユリの見た女性の顔はユリと瓜二つであった。ユリには姉妹も歳の近い従姉妹も居ないので、親族ではありえない。

「もしかして、ここはユリさんの亡くなった世界とは違った世界だったのかも知れませんね…」

 野々村がポツリと呟いた。以前睦美が話していた様に、現代日本も多数の並行世界が存在している。その中の1つでユリは亡くなり、その中の1つではアキトとユリは仲睦まじいままぬくぬくと過ごしている。そんな世界のすれ違いだったのかも知れなかった。

「そっか… それなら『こっち』の私は死なずに元気に学生生活を送っている訳だ… そっか…」

 ユリは自らを納得させるかの様に、俯きながらしきりに「そっか…」と呟いていた。

 やがてユリは何かを決心したように、涙で潤んだ瞳で顔を上げて口を開いた。
 
「『こっち』の私、アキトの事を宜しく頼むわよ! 『こっち』のアキト、おっちょこちょいのユリちゃんをきちんと支えて守って上げるんだぞ! …幸せにならなかったらリリィボンバーでお仕置きだからね!!」
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