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作者: ちありや
第183話 しろぜめ
「下賤な魔王とその下僕たる矮小な魔族どもよ聞こえるか?! 我が名はムッチー•マジ•アンコクミナゴロシ! 故国アンコクミナゴロシ魔法王国を滅ぼした罪をお前達にあがなわせる為に地獄の底から舞い戻った!!」

 魔王城へと続く山道の入り口に置かれた巨大な正門、そこには侵入者を迎え撃つ為の堅牢な防備が敷かれている… 筈であったが、現在は魔族の歩哨が十数名いるのみで関所以上の役割は果たしていない。
 
 それもそのはず、魔王城にわざわざ攻め込んで来る命知らずなど、そう幾人も居るものではないのだ。
 ましてや何人もの勇者を返り討ちにし、神々ですら手が出せない新進気鋭の魔王の中の魔王たるギルの居城に僅かな手勢で攻め込んで来る、しかも正門前の広場で堂々と名乗りを上げるなど全く以て正気の沙汰ではない。

 そのせいか、左右にアンドレと久子を従わせて仁王立ちで構える睦美に対し、城壁の上から見下ろしてきた魔族の兵士から物憂げに返ってきた答えは「帰れ帰れ! 物売りなら間に合ってる!」であった。

「……………………」

 俯いたまま動かない睦美の長い沈黙、しか睦美と付き合いの長いアンドレと久子はこの状況を正確に把握できていた。

「あわわわ、これ睦美さま本気で怒ってますよ…」
 
「ええ、陽動とはいえ苦節16年、リベンジスタートの一番美味しい所でこの塩対応は酷すぎます。僕ならこの場で泣き崩れてしまうかも知れません…」

 実際彼らの前に立つ睦美からは、殺意と破壊の意志に覆われたオーラが立ち昇っていた。

「アンタ達… アイツら全力で潰すわよ…」

 地獄の底から響くような、決して逆らう事を許さない圧力を持った声で、睦美が手に持ったキャンディスティックから『乱世丸Ⅱ世』を抜き放つ。どうやら通販の配達と久子の必死の研磨は、睦美達の転移のタイミングに間に合ったようである。
 
 そのまま後ろを振り返る事なく突進する睦美に遅れずに追従する2人、完璧な以心伝心である。悪い意味ではあるが……。

 ☆

「ほぇっ? 睦美さん達突っ込んで行っちゃったよ? 何で? 敵を誘き出して時間を稼ぐって話じゃ無かったの…?」

 面食らったのは後方に待機していたユリと大豪院である。いや、一般兵士に偽装した大豪院は相変わらず表情筋は寸毫も動いておらず心の内が見えないので、断言は出来ないのだが……。

「えー? どうしよう? 私達も加勢した方が良いのかなぁ…?」

 狼狽えながら大豪院に判断の助け舟を要請するユリであったが、置き物の様に微動だにしない大豪院にまだ慣れていない為に、どう対応すれば良いのかも分からずに二重に混乱して動きを止めてしまっていた。

 ☆

「敵襲だ! マジで魔王城に攻めてくるバカが現れたぞ!」

 門の警備をしていた魔族達も、まさか3人で突撃してくるとは思ってもいなかったのだろう。心理的にも城門の警備ではなく古い施設のメンテナンス要員的な物でいたのだから、急な切り替えなど簡単に出来る物では無い。

「とりあえず門を閉めろ! 締め出して無視しておけばそのうち飽きて帰るだろう。こんな事で魔王様や幹部連の機嫌を損ねる方が厄介だ」

 魔族社会での世知辛さを滲ませつつ、場長と思われる魔族が指示を出す。普段は開放されている、水門と同じ構造で格子戸を上下させる巨大な城門が大きな軋み音を立てて閉じ始める。駆け寄る睦美達が辿り着く頃には、格子は完全に落ちて閉じられる… はずであった。

「✶✻✶!」

 しかしその門は睦美達の到着を待つかの様にピタリと動きを止める。睦美の『固定』の魔法が真価を発揮したのだ。
 そして門扉の隙間を通りアンドレと久子が中に突撃する。

「とぅっ!」
「たぁっ!」

 突入一閃、アンドレの剣と久子の拳が近くに居た魔族兵士を仕留める。
 何が起こったのか理解できずに固まる他の兵士… いや状況ではなく一瞬遅れて突入してきた睦美の魔法で文字通り固められてしまっている。その者の心臓目掛けて逡巡を見せる事なく乱世丸を突き立てる睦美。

 かつて睦美は蘭に向けて「人殺しなど何とも思っていない」とうそぶいた事があったが、それが脅しのための嘘では無かったと証明するかの様に、睦美はいとも簡単に魔族兵士の命を奪って見せた。

 敵が攻めてこない城門の門番など閑職もいい所であったが、そんな兵士達の緊張感に欠けた職場はわずか3名の襲撃によって瞬時に地獄の様相を呈してきた。

「て、敵襲だぁっ!! 本城に連絡の使い魔を飛ばせ!」

「要らねぇよ…」

  城門の奥から低い声の人物が、金属板を擦らせる音と共に現れる。魔王ギルと同程度の身長だが、脂肪率の極端に少なさそうな魔王とは対照的に、腹周りを中心にかなり恰幅の良い体型をしている。
 全身を黒い板金鎧プレートメールで覆い、兜も髑髏どくろを模した様な冷たい意匠。面頬に覆われた表情は外からは窺えない。
 角や尻尾は見当たらないが、魔王に伍する太い腕にドラム缶に柄を付けたが如き大槌を担いでいた。

「ゲルルゲス様…」
「魔王軍四天王のゲルルゲス様だ…」
「なぜこんな所に…?」

「ふん、一仕事終えてたった今転移して帰ってきた所よ。何やら面白そうな場面に出くわしたのでな、残業がてら掃除してやろうと思ってな…」

 『魔王軍四天王』という大仰な肩書きを持つ男ゲルルゲス。その楽しそうな声から、面頬に隠された顔が邪悪に歪んでいるのは簡単に予想できた。
 よく見るとゲルルゲスの携えている大槌にはまだ新しい物と思われる血と肉塊がこびり着いていた。それがどの様な使い方をされたのか想像に難くない。

 取り巻きの兵士を下げさせて睦美達の前に出るゲルルゲス。対してマジボラからはアンドレが一歩踏み出し声を上げた。

「我はアンコクミナゴロシ王国が近衛騎士アンドレ•カンドレ! 魔王軍幹部と思しき武将に一騎討ちを申し込む!!」
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