第153話 ちかしつ
「貴女がその装束でいてくれて幸運でした。でないと貴女自身が彼らに襲われて食べられてしまう」
油小路の言葉に蘭は自身の姿を省みる。今の蘭はマジボラ部室から帰ってきた時の衣装、すなわちコウモリの様な翼と爬虫類の様な尻尾を持つウマナミ改であった。
顔を被うマスクは、以前のウマナミレイ?の時は限りなくパーティーグッズに近いバタフライマスクだったのだが、ウマナミ改からは機械化されたVRゲームのバイザーの様な形態をしている。
魔族の跋扈するこの魔界において蘭の、いやウマナミ改の姿はとてもカモフラージュ率が高く、蘭を瞬時に人間であると認識する者は皆無であろう。
「念の為、沖田くん… でしたっけ? 彼の前以外ではその魔族風の変装を解かないようにお願いします。でないと貴女の身の安全を保証できかねますので。ではこちらです」
油小路に誘われるまま追従する蘭。彼女としては、あわよくば油小路らの隙を突いて沖田を救出して脱出する算段ではあったが、敵もさる者、直接の監視だけでなく周囲の一般人 (?)すらもセキュリティに組み込んでおり、変装無しに連れ出してもすぐに脱走が露見する仕組みが作られていた。
「それに例の『境界門』とやらの開き方も分からないから、この世界から出るに出られないのか…」
油小路に聞こえないように、蘭は1人言葉を噛みしめていた。
☆
『境界門』のある集落を飛び立ち、数km離れた場所にある森の中の洋館といった佇まいの豪華な建物に到着する。
恐らくはかつてのこの土地の所有者が、狩猟か避暑といった目的で建てた別荘か何かなのだろう。
その証拠に壁等には当時に描かれたと思われる絵画が数枚飾られていたが、いずれの描かれた人物にも角や羽は見当たらなかった。
建物に入ってすぐの玄関ホールを中心に左右に部屋が配置されているらしく、左右両側に幾つか扉が設置されていた。
「こちらです」
油小路は左右の扉には見向きもせずに、奥にある2階に繋がる階段の脇にある、長いロウソクの乗った燭台へと向かう。
そしてその燭台の柱を手に持ち床から引き抜くと、突き当りの壁が展開して隠されていた地下へ通ずる扉が現れた。
☆
ロウソクの灯りを頼りに屋敷の地下へ足を踏み入れた蘭が見たものは、地下に作られた牢獄であった。
通路に沿って計10部屋ほどの牢獄があり、その経年劣化具合からこれらの地下施設は数年以内に造られたものでは無さそうなのが見て取れた。
それはすなわちこの屋敷の元々の主も、あまり公明正大な人物では無かったと言う事なのだろう。
「…そんなっ、非道い…」
その様な情景の中、蘭が見た物は両手両足を拘束され、鎖で逆さに吊るされた沖田の姿であった。
頑丈そうな鉄格子の向こうでゆらゆらと力無く振り子の様に揺れている沖田の姿に蘭の胸はきつく締め付けられる。
今すぐ沖田を下ろして助け出してやりたい。牢獄の鉄格子に縋り付く様に身を寄せる蘭。しかし頑強な鉄格子は蘭の怪力を持ってしても破壊する事は能わないと思われた。
「殴打等の乱暴はまだしていませんよ。彼が暴れなければこんな事もせずに済んだのですが…」
油小路の口調こそ残念そうであったが、その表情はとても満足気であった。
これは『沖田を吊るす』事よりも『吊るした沖田を蘭に見せて反応を楽しむ』事こそが油小路の本懐であったからだろう。
「と、とにかく彼を早く下ろさないと。逆さ吊りのままじゃ死んでしまいます!」
蘭の反応を十分に堪能した油小路は、牢の鍵を開け中に蘭を通す。
蘭は沖田の足を縛っている鎖の太さを確認すると、無言のまま背中の翼を一閃させる。翼によって支えを断ち切られた沖田の体はその場で自由落下を始めるが、彼の体は床に触れるまでもなく蘭に抱きかかえられていた。
「沖田くん…」
蘭はロウソク薄暗い灯りの中、手中にある愛しい男の顔を見つめる。
血が上って赤黒く膨れ上がってはいるものの、それは紛れもなく蘭の想い人、沖田彰馬の顔であった。
「うぅ…」
まだ朦朧としているが、沖田も意識を取り戻しつつあるようだ。油小路は「殴打はしていない」と言っていたが本当かどうかは怪しいし、仮に直接的に暴力を加えていないとしても、油小路の性格を鑑みるに心理的な圧迫は相当な物があったと考えられる。
しかし、沖田の無事が確認出来た事が蘭には泣きそうになるほど嬉しかった。
『絶対に助けてあげるから、もう少しだけ我慢してね沖田くんっ…!』
昂る気持ちを抑えられずに沖田の頭を抱きしめる蘭。それは純粋な誓いでもあった。
「この屋敷は現在住人が居ませんので、お二方でご自由に使って頂いて構いません。必要な物があれば… アモン?」
「ここに」
油小路の影から1人の男が現れ膝を付く。その人物は額から3本の短い角と、ネズミの様な細い尻尾を持ちながら、その容貌は相当な美男子であった。
油小路の従者3人の筆頭で、その昔つばめを轢き殺そうとして久子に返り討ちに遭った暴走ドライバーその人ではあるのだが、まぁ蘭には関係ない話である。
「彼らが24時間君たちを見守っていますから、衣服、食材、避妊具… ご要望等あればお気軽に申し付けて下さい…」
あくまで笑顔の油小路であるが、それは24時間の途切れぬ監視を意味していた。
油小路の言葉に蘭は自身の姿を省みる。今の蘭はマジボラ部室から帰ってきた時の衣装、すなわちコウモリの様な翼と爬虫類の様な尻尾を持つウマナミ改であった。
顔を被うマスクは、以前のウマナミレイ?の時は限りなくパーティーグッズに近いバタフライマスクだったのだが、ウマナミ改からは機械化されたVRゲームのバイザーの様な形態をしている。
魔族の跋扈するこの魔界において蘭の、いやウマナミ改の姿はとてもカモフラージュ率が高く、蘭を瞬時に人間であると認識する者は皆無であろう。
「念の為、沖田くん… でしたっけ? 彼の前以外ではその魔族風の変装を解かないようにお願いします。でないと貴女の身の安全を保証できかねますので。ではこちらです」
油小路に誘われるまま追従する蘭。彼女としては、あわよくば油小路らの隙を突いて沖田を救出して脱出する算段ではあったが、敵もさる者、直接の監視だけでなく周囲の一般人 (?)すらもセキュリティに組み込んでおり、変装無しに連れ出してもすぐに脱走が露見する仕組みが作られていた。
「それに例の『境界門』とやらの開き方も分からないから、この世界から出るに出られないのか…」
油小路に聞こえないように、蘭は1人言葉を噛みしめていた。
☆
『境界門』のある集落を飛び立ち、数km離れた場所にある森の中の洋館といった佇まいの豪華な建物に到着する。
恐らくはかつてのこの土地の所有者が、狩猟か避暑といった目的で建てた別荘か何かなのだろう。
その証拠に壁等には当時に描かれたと思われる絵画が数枚飾られていたが、いずれの描かれた人物にも角や羽は見当たらなかった。
建物に入ってすぐの玄関ホールを中心に左右に部屋が配置されているらしく、左右両側に幾つか扉が設置されていた。
「こちらです」
油小路は左右の扉には見向きもせずに、奥にある2階に繋がる階段の脇にある、長いロウソクの乗った燭台へと向かう。
そしてその燭台の柱を手に持ち床から引き抜くと、突き当りの壁が展開して隠されていた地下へ通ずる扉が現れた。
☆
ロウソクの灯りを頼りに屋敷の地下へ足を踏み入れた蘭が見たものは、地下に作られた牢獄であった。
通路に沿って計10部屋ほどの牢獄があり、その経年劣化具合からこれらの地下施設は数年以内に造られたものでは無さそうなのが見て取れた。
それはすなわちこの屋敷の元々の主も、あまり公明正大な人物では無かったと言う事なのだろう。
「…そんなっ、非道い…」
その様な情景の中、蘭が見た物は両手両足を拘束され、鎖で逆さに吊るされた沖田の姿であった。
頑丈そうな鉄格子の向こうでゆらゆらと力無く振り子の様に揺れている沖田の姿に蘭の胸はきつく締め付けられる。
今すぐ沖田を下ろして助け出してやりたい。牢獄の鉄格子に縋り付く様に身を寄せる蘭。しかし頑強な鉄格子は蘭の怪力を持ってしても破壊する事は能わないと思われた。
「殴打等の乱暴はまだしていませんよ。彼が暴れなければこんな事もせずに済んだのですが…」
油小路の口調こそ残念そうであったが、その表情はとても満足気であった。
これは『沖田を吊るす』事よりも『吊るした沖田を蘭に見せて反応を楽しむ』事こそが油小路の本懐であったからだろう。
「と、とにかく彼を早く下ろさないと。逆さ吊りのままじゃ死んでしまいます!」
蘭の反応を十分に堪能した油小路は、牢の鍵を開け中に蘭を通す。
蘭は沖田の足を縛っている鎖の太さを確認すると、無言のまま背中の翼を一閃させる。翼によって支えを断ち切られた沖田の体はその場で自由落下を始めるが、彼の体は床に触れるまでもなく蘭に抱きかかえられていた。
「沖田くん…」
蘭はロウソク薄暗い灯りの中、手中にある愛しい男の顔を見つめる。
血が上って赤黒く膨れ上がってはいるものの、それは紛れもなく蘭の想い人、沖田彰馬の顔であった。
「うぅ…」
まだ朦朧としているが、沖田も意識を取り戻しつつあるようだ。油小路は「殴打はしていない」と言っていたが本当かどうかは怪しいし、仮に直接的に暴力を加えていないとしても、油小路の性格を鑑みるに心理的な圧迫は相当な物があったと考えられる。
しかし、沖田の無事が確認出来た事が蘭には泣きそうになるほど嬉しかった。
『絶対に助けてあげるから、もう少しだけ我慢してね沖田くんっ…!』
昂る気持ちを抑えられずに沖田の頭を抱きしめる蘭。それは純粋な誓いでもあった。
「この屋敷は現在住人が居ませんので、お二方でご自由に使って頂いて構いません。必要な物があれば… アモン?」
「ここに」
油小路の影から1人の男が現れ膝を付く。その人物は額から3本の短い角と、ネズミの様な細い尻尾を持ちながら、その容貌は相当な美男子であった。
油小路の従者3人の筆頭で、その昔つばめを轢き殺そうとして久子に返り討ちに遭った暴走ドライバーその人ではあるのだが、まぁ蘭には関係ない話である。
「彼らが24時間君たちを見守っていますから、衣服、食材、避妊具… ご要望等あればお気軽に申し付けて下さい…」
あくまで笑顔の油小路であるが、それは24時間の途切れぬ監視を意味していた。