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作者: ちありや
第151話 ひほう
「ただいま戻りました… おや、もう皆さんお帰りになったんですか。せっかくお茶菓子を買ってきたのに…」

 アンドレと久子がアグエラ達の消えた『境界門ゲート』の調査から戻った時には、部室の中には睦美が難しそうな顔をして1人佇んでいた。

「おかえり。で、どうだった?」

「一応転移した先の座標は絞れると思いますが、そこが『ゴール』かどうかまでは判断つきかねますね…」

 異世界への『境界門ゲート』を開くには膨大な魔力が必要だ。そして門は開けてお終いではない。その先で戦いが待っているのであれば戦う余力を残しておかなければ意味が無いし、そもそも目的の相手がその門の先に居なければ、全くの無駄足になってしまうのだ。

 空間転移はアンコクミナゴロシ王家秘伝の極秘魔法であり、王族以外には使う事はかなわない。久子やアンドレでは助力にならず、転移の際には睦美1人の力で行う事になる。
 王国の厄災からこの人間界に逃げて来た時には、睦美の魔力を使い切ってもしばらく休憩するだけの場所と時間は確保できたが、こちらから攻め込む場合には事はそう簡単には済まないだろう。

 本来『境界門ゲート』は、術を扱える王族複数人の魔力を合計して行う儀式魔法であり、いくら睦美が王国屈指の天才でも単独の魔力では成功しえない物だった。

 それを可能にしたのが、国難に際し国王より睦美に託された王家の秘宝『ミナゴロストーン』だった。
 現在主に『感謝のエナジー』の収集装置として用いられているアイテムだが、中身を消費する事によって魔力への変換や魔法のブーストを行える。

 王国から人間界への避難で『境界門ゲート』を開けた際には、睦美だけではとうてい足りない魔力をミナゴロストーンで補い、その貯蓄料を大きく減らせてしまった。

 睦美らがこの十数年貯め続けてきた『感謝のエナジー』でかなりの補充が成されたものの、魔王の撃退やその後の王国の復興などを考えると睦美としてはまだまだ心許ない気持ちであったが、ここで沖田救出への協力を断ったらそれこそ組織として瓦解してしまうだろう。睦美としてもそれだけは避けたい。

「一番ベストなのは沖田くんと同じ世界に魔王ギルドラ… 何でしたっけ?」

「ギルドラバキゴツデムスですよぉ」

 アンドレの健忘を甲斐甲斐しく補う久子。

「そうそれ。とにかく2人が同じ世界に居てくれれば一度に対処できて助かるんですけどねぇ…」

「最悪は魔王と沖田が別の世界に居て、なおかつヒザ子達の調べてきた座標が全くの無関係だった場合ね。どう思う、アンドレ?」

「どうもこうも情報が少なすぎて… ただ、僕達の国を滅ぼした仇敵ユニテソリが大豪院くんを指名した事と、大豪院くんにやたらベタベタしていた女子軍団がまとめて『境界門ゲート』に消えた事は無関係とは思えません。探る価値はあると思います…」

 アンドレの献策に対し、故郷の世界の救済がまた年単位で遅れそうな事に睦美は小さく不満気な唸り声を上げた。

 ☆

「おじいちゃん、いる…?」

 マジボラ部室を飛び出した蘭は人気の無い場所へ身を隠し変態を解いた。
 魔法少女ノワールオーキッドから悪の女幹部ウマナミ改に戻ると、背中に装着されたコウモリの様な翼で大きく空に舞い上がった。

 そして道中にウタマロんがまたどこかに落ちていないかを確認しながら飛行し、最短距離で自宅へと戻ってきた次第である。

 蘭の考えは魔王軍の協力者である祖父の繁蔵から、油小路ユニテソリの居場所を含む何らかの情報を引き出す事にあった。
 油小路との交渉役を買って出た蘭であったが、未だ子供の使い程度の仕事しか任せてもらえず、実質的な打ち合わせは繁蔵が主に電子メールで行っていた。

 蘭としては油小路の拠点が知れれば御の字だし、その通信記録が取れるだけでも最低ラインで果たしておきたい仕事だった。
 彼らの拠点が蘭の行ける場所であれば、赴いて万難を排してでも沖田を救出、あるいは重要な情報を入手するつもりでいる。

 家のリビングには明かりが点いておらず繁蔵は不在のようだ。しかし家の庭には何か球状の重量物が落下した形跡があり、この状況から推理できるのは、

「地下の研究室か…」

 独り呟いた蘭はカモフラージュされたエレベーターを使って研究室へと降りていく。

 蘭の予想通り繁蔵と妹の凜はそこにおり、大きく破損したウタマロんを2人で修理していた。
 防御力特化のウタマロんを中破させるほど熾烈な戦いの後ではあったが、凜は元気そうに作業している。その健勝ぶりに安堵で胸を撫で下ろす蘭だった。

「おお、蘭よ帰ったか。見ての通りウタマロんはこの有様でな、まぁ2人とも無事で何よりじゃ。『恐怖のエナジー』集めはまた今度じゃな」

 沖田が拐われているのに『恐怖のエナジー』どころではない。蘭は繁蔵の態度に苛つきながらも油小路の事を聞くべく口を開こうとした。

「あ、そう言えばお姉にお客さん来てるよ」

 凜の意外かつ唐突な言葉に、蘭の動きが止まる。同時に蘭は背後より一気に冷気を浴びせかけられた様な怖気立つ感覚に襲われる。

「やぁどうも。どうにも貴女の助けが必要でしてね…」

 振り向いた蘭の目に映ったのは、感情のまるで籠もっていない油小路の薄ら笑いだった。
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