▼詳細検索を開く
作者: ちありや
第132話 おべんとう
 沖田の練習試合が終了した。結局沖田は後半からの交代要員として25分出場、右ウイングとして高い技術でボールを何度も敵陣に持ち込み、1アシストを決めた。
 沖田自身のシュートは1本、しかし相手のキーパーに片手で止められゴールを逃してしまう。
 
 沖田の並外れた運動性によるボール捌きテクニックは全国級で、シュートまでに沖田は相手のディフェンスの4人抜きを敢行している。にも関わらず、計らずもかねてから言われている沖田のパワー不足という問題点が如実に現れる結果となった。
 
 ちなみに試合は2対3の惜敗。プレイヤー、観客共に『あの時の沖田のシュートが入っていれば…』と思わせる、何とも後味のよろしくない物であった。
 
 ☆

 試合が終わり、ミーティングを済ませたサッカー部の面々が個々に帰路に着く。本来の遠征であれば最寄りの駅くらいまでは集団行動を行うのであるが、今回は隣接校という事で現地解散という事らしい。
 
 着替えを済ませた沖田は、友人の谷と並んで歩いていた。
 
「やっぱり運動した後は腹が減るなぁ、沖田、モールのフードコートで昼飯食っていかないか?」

 谷が沖田を誘う。ちなみに今の時間は、モールでは大豪院と鍬形が早めの合流を果たした辺りであり、間もなく淫魔部隊に囲まれる予定である。
 
「あー、悪い! 昼飯は先約があるんだよ…」
 
 谷に対して手を合わせ、詫びるジェスチャーをする沖田。その後横を向いた沖田の視線の先には、薄い黄色のワンピースを身に纏いランチバスケットを持った、何とも気まずそうに彼らの様子を窺うつばめが立っていた。

 ☆
 
「本当に良かったのかな? 谷くん怒ってない…?」
 
 つばめと沖田に気を利かせて1人で帰って行った谷を見送りながらつばめが呟く。
 つばめにとってはモブキャラでしか無い谷も、沖田にとっては大切な友人枠だ。粗末に扱って沖田の機嫌を損ねる可能性も否定できない。
 
 だからと言って谷が「じゃあ俺もご相伴にあずかるわ」とか言い出して、沖田用に作った弁当に手を出していたら、つばめとて実力行使を厭わなかったであろう。
『あまり邪険にするのも気が引けるが、ぶっちゃけ早いところ居なくなって欲しい』というとても複雑な乙女心であった。
 
「あいつはそんな事じゃ怒らないよ。また後で埋め合わせもしておくから、つばめちゃんが気にする必要は無いって」
 
 そう言って優しい笑顔を浮かべる沖田。この笑顔が今自分にだけ向けられている事につばめは至福の喜びを感じていた。
 
『沖田くん、優しいしイケメンだし、私だけに笑いかけてくれるし、何て言うかホント天使だなぁ。こんな暖かい気持ち、無料で貰って良いのかな…?』
 
 沖田から滲み出る尊さに、どこかの推し活の様な思考になっているつばめ。ふと大事な事を思い出す。
 
「そうだ、お腹空いてるんだよね? 約束通りお弁当作ってきたんだよ! ちょっと早いけどお昼にしましょう、お昼に!」

 ☆
 
「うわぁ、すっげぇ豪勢! これ全部つばめちゃんが作ったの?」
 
 南瓢箪岳高校にほど近い、学校とモールの中間地点にある公園のベンチに腰掛けて、沖田とつばめは弁当を広げていた。
 
「ハンバーグに唐揚げ、卵焼き、全部大好物だよ!」
 
 子供の様に喜ぶ沖田を微笑ましく見つめるつばめ。この沖田の笑顔を見られただけで昨夜の頑張りが全て報われるというものだ。
 
「あはは… 沖田くんの好みが分からないから、とにかく男の子の好きそうな物を入れてみたの。あとは… ハイ、これもどうぞ!」

 つばめは肩から下げていた大き目の水筒から中身のカレーを注ぎ、沖田に渡す。
 
「うわっ、これカレー? わざわざアツアツで持ってきてくれたの? カレーも大好きだよ、超嬉しい!」
 
 沖田の為に作った弁当で沖田が喜んでくれている。料理人冥利に尽きる対応に、つばめは思わず泣きそうになってしまう。
 
「メインの惣菜に野菜が全然入ってないから、カレーは野菜を多めに煮込んだんだ。そのままスープとしても飲める様にサラサラな口当たりにしてあるから」
 
 つばめの説明を聞いているのかいないのか、沖田は無造作にカレーの注がれたカップに口を付ける。
 
「うん、ウマい! 辛さも丁度良い感じだよ。つばめちゃん凄いんだね、凄く良い奥さんになれそう!」
 
 !!!!!
 
 沖田にとっては何の気無しの軽い一言であっただろうが、この言葉は天使の矢、もとい攻城兵器バリスタの如くつばめの胸を貫いた。
 途端に涙が溢れ出す。今の言葉は沖田からのプロポーズでも何でも無い、ただの感想、雑談だ。それでもつばめは感動を抑える事が出来なかった。
 
 つばめの横で無邪気にモリモリと弁当を食らう沖田に露見しない様に、こっそりと反対側を向いてハンカチで涙を拭う。
 
『わたしもう死んでもいい…』
 
 本気でそう思っていた。 
Twitter