第129話 あぐえら
首から上を失った油小路、だが彼の周囲に血液の痕跡は無く、彼の頭はまるで水風船か何かの様に水飛沫を跳ねさせながら消失した。
「やれやれ、そんな攻撃が私に通用する訳ないでしょう」
顔の無い油小路の体から声が発せられる。いや、顔は意外な場所に存在していた。
体の中心、胸の辺りに顔だけが水面から顔だけを出しているかのように発現し言葉を発しているのだ。やがてその濡れた顔は少しずつ上へとスライドしていき、遂には元の頭の位置にまで上がりきり動きを止める。
アグエラはまだ指鉄砲を油小路に向けてはいるものの、効果の期待できない攻撃に今の状況とが重なり、深い絶望の色を隠すことが出来ずにいた。
「まだやりますか? それなら人が増えてくる前に場所を移した方がいいかもしれませんね…」
ショッピングモールは開店前であり、まだ辺りに人影は少ない。アンドレや御影らも近くに居るのだが、いずれも大豪院観察に忙しくカップルの痴話喧嘩にも見える、この魔王軍同士の戦いを注目している者は居なかった。
アグエラは長いこと油小路を憎々しげに睨みつけていたのだが、やがて観念した様に指鉄砲を下ろし俯いてしまった。
「ねぇお願い、私をこの場で処刑して… そして『功を焦った裏切り者を討ち取った』と言う形で、デムス様の除名だけは…」
「くどいですよ。最早貴女をどうにかして事態が動くレベルでは無くなっているのです、諦めて下さい…」
油小路の死刑宣告の如き言葉を唇を噛み締めて聞いているアグエラ。ここから何か反撃できる材料は無いものかと必死に頭を働かせていた。
「…と、本来なら言う所ですが、デムス様とて魔王軍の一角。あっさり討伐されては他の魔王軍の作戦にも障ります… なので貴女達だけでも魔界に帰ってデムス様を助けて差し上げなさい。ユリの勇者は用兵の才もあるし、本人も強いですからね… 時間稼ぎ位はやって見せて下さいよ…?」
油小路の言葉は決して温情では無く100%打算の発露だ。それでも魔王軍同士で無為に殺し合うよりは遥かにマシな代案である。
「見逃してくれるの…?」
「この場は、ね。分かったらあの目障りな淫魔部隊どもを連れてさっさと故郷に帰って下さい。もし次にこの世界で見かけたら塵も残さず消すからなぁ…?」
「…感謝するわ」
アグエラは吹き抜けから飛び、10m程下に居る大豪院らの前に降り立つ。
「アンタ達、作戦中止! 今すぐ帰るから」
言葉と同時にアグエラの背後の空間が歪む。
「はっ?」
「アグエラ様…?」
「うそっ?!」
「ちょ、待って…」
「あ〜れ〜」
あまりにも突然の出来事に、淫魔部隊の面々は驚く暇も無く渦を巻く様にその歪みに吸い込まれて行った。
「残念だわ大豪院 覇皇帝。貴方を連れて行けたら良かったのだけれど…」
「お前は… 占いの…?」
大豪院が驚きの表情を見せる。山に住んでいた大豪院を瓢箪岳へと導いた謎の占い師は、またしても謎の言葉を発して次元の狭間に掻き消えて行った。
「うぉっ? 何だ? 女どもが消えたぞ?!」
目の前の事態がまるで飲み込めずに狼狽する鍬形、大豪院はと言うと上方からの視線を感じそちらを注目するが、その視線の主と思しき油小路の姿はすでに消失していた。
この状況は少し離れて大豪院らを観察していたアンドレ達をも震撼させた。
「あれは『境界門』…? 何故あんな所に…? まさか大豪院くんが開いたのか…?」
事態を理解し切れずに混乱するアンドレ、怪奇現象を楽しそうに満面の笑顔で見つめる御影、この手の作品のお約束に倣って『魔王軍の尖兵が大豪院を籠絡すべくやって来たが、何らかの事情で失敗し撤退した』とノーヒントでほぼ正解の予想、いや願望を立てる野々村。
三者三様ではあるが、いずれも驚きから即座に立ち直る事が出来ずに一様に動きを止めてしまっていた。
その時、何の前触れも無く空から一筋の光が降って来た。
その物体はショッピングモール外縁の駐車場へと落下し、停めてあった数台の乗用車を巻き込んで圧壊させていった。
爆撃かと思える程の衝撃と轟音で、近くに居た一般人らは8割が逃げ出し、残りの2割は興味本位からスマホ片手に駐車場の方へと歩を進めて行く。
「僕が行きます。2人は避難民の誘導を!」
度重なる怪異から我に返ったアンドレも事態の収拾に向かうべく、その場に御影と野々村を残し、幾条もの煙の立つ駐車場へと向かって行った。
「おい相棒、なんか色々とヤバくねぇかこれ…? 逃げた方が良くね?」
鍬形が大豪院に避難を促すが、大豪院は相変わらず無言のまま険しい顔で、騒ぎの元である駐車場方向を見つめていた。
数秒間固まっていた大豪院も、やがて見えない何かに押される様に駐車場へと一歩を踏み出した。
☆
アンドレが駐車場に到着した時に目に入ったのは、駐車場の地面を覆って、まるで生き物の様に蠢く大量の植物の蔦の様な物体と、その蔦に絡め取られて動けなくなっている数名の野次馬、その中心部に蔦を操っている元締めと思われる怪人、そして…
「マローん!!」
嬉しそうに短い腕を振り回しながら、怪人に何やら指示を出しているウタマロんだった。
「やれやれ、そんな攻撃が私に通用する訳ないでしょう」
顔の無い油小路の体から声が発せられる。いや、顔は意外な場所に存在していた。
体の中心、胸の辺りに顔だけが水面から顔だけを出しているかのように発現し言葉を発しているのだ。やがてその濡れた顔は少しずつ上へとスライドしていき、遂には元の頭の位置にまで上がりきり動きを止める。
アグエラはまだ指鉄砲を油小路に向けてはいるものの、効果の期待できない攻撃に今の状況とが重なり、深い絶望の色を隠すことが出来ずにいた。
「まだやりますか? それなら人が増えてくる前に場所を移した方がいいかもしれませんね…」
ショッピングモールは開店前であり、まだ辺りに人影は少ない。アンドレや御影らも近くに居るのだが、いずれも大豪院観察に忙しくカップルの痴話喧嘩にも見える、この魔王軍同士の戦いを注目している者は居なかった。
アグエラは長いこと油小路を憎々しげに睨みつけていたのだが、やがて観念した様に指鉄砲を下ろし俯いてしまった。
「ねぇお願い、私をこの場で処刑して… そして『功を焦った裏切り者を討ち取った』と言う形で、デムス様の除名だけは…」
「くどいですよ。最早貴女をどうにかして事態が動くレベルでは無くなっているのです、諦めて下さい…」
油小路の死刑宣告の如き言葉を唇を噛み締めて聞いているアグエラ。ここから何か反撃できる材料は無いものかと必死に頭を働かせていた。
「…と、本来なら言う所ですが、デムス様とて魔王軍の一角。あっさり討伐されては他の魔王軍の作戦にも障ります… なので貴女達だけでも魔界に帰ってデムス様を助けて差し上げなさい。ユリの勇者は用兵の才もあるし、本人も強いですからね… 時間稼ぎ位はやって見せて下さいよ…?」
油小路の言葉は決して温情では無く100%打算の発露だ。それでも魔王軍同士で無為に殺し合うよりは遥かにマシな代案である。
「見逃してくれるの…?」
「この場は、ね。分かったらあの目障りな淫魔部隊どもを連れてさっさと故郷に帰って下さい。もし次にこの世界で見かけたら塵も残さず消すからなぁ…?」
「…感謝するわ」
アグエラは吹き抜けから飛び、10m程下に居る大豪院らの前に降り立つ。
「アンタ達、作戦中止! 今すぐ帰るから」
言葉と同時にアグエラの背後の空間が歪む。
「はっ?」
「アグエラ様…?」
「うそっ?!」
「ちょ、待って…」
「あ〜れ〜」
あまりにも突然の出来事に、淫魔部隊の面々は驚く暇も無く渦を巻く様にその歪みに吸い込まれて行った。
「残念だわ大豪院 覇皇帝。貴方を連れて行けたら良かったのだけれど…」
「お前は… 占いの…?」
大豪院が驚きの表情を見せる。山に住んでいた大豪院を瓢箪岳へと導いた謎の占い師は、またしても謎の言葉を発して次元の狭間に掻き消えて行った。
「うぉっ? 何だ? 女どもが消えたぞ?!」
目の前の事態がまるで飲み込めずに狼狽する鍬形、大豪院はと言うと上方からの視線を感じそちらを注目するが、その視線の主と思しき油小路の姿はすでに消失していた。
この状況は少し離れて大豪院らを観察していたアンドレ達をも震撼させた。
「あれは『境界門』…? 何故あんな所に…? まさか大豪院くんが開いたのか…?」
事態を理解し切れずに混乱するアンドレ、怪奇現象を楽しそうに満面の笑顔で見つめる御影、この手の作品のお約束に倣って『魔王軍の尖兵が大豪院を籠絡すべくやって来たが、何らかの事情で失敗し撤退した』とノーヒントでほぼ正解の予想、いや願望を立てる野々村。
三者三様ではあるが、いずれも驚きから即座に立ち直る事が出来ずに一様に動きを止めてしまっていた。
その時、何の前触れも無く空から一筋の光が降って来た。
その物体はショッピングモール外縁の駐車場へと落下し、停めてあった数台の乗用車を巻き込んで圧壊させていった。
爆撃かと思える程の衝撃と轟音で、近くに居た一般人らは8割が逃げ出し、残りの2割は興味本位からスマホ片手に駐車場の方へと歩を進めて行く。
「僕が行きます。2人は避難民の誘導を!」
度重なる怪異から我に返ったアンドレも事態の収拾に向かうべく、その場に御影と野々村を残し、幾条もの煙の立つ駐車場へと向かって行った。
「おい相棒、なんか色々とヤバくねぇかこれ…? 逃げた方が良くね?」
鍬形が大豪院に避難を促すが、大豪院は相変わらず無言のまま険しい顔で、騒ぎの元である駐車場方向を見つめていた。
数秒間固まっていた大豪院も、やがて見えない何かに押される様に駐車場へと一歩を踏み出した。
☆
アンドレが駐車場に到着した時に目に入ったのは、駐車場の地面を覆って、まるで生き物の様に蠢く大量の植物の蔦の様な物体と、その蔦に絡め取られて動けなくなっている数名の野次馬、その中心部に蔦を操っている元締めと思われる怪人、そして…
「マローん!!」
嬉しそうに短い腕を振り回しながら、怪人に何やら指示を出しているウタマロんだった。