第126話 ぜんや
金曜日の夕方、凛の帰宅を待ってから増田家では夕飯がてら明日の作戦についての会議が開かれていた。
「蘭よ、油小路さんから連絡があったぞ。なんでも明日の作戦を見学したいそうじゃ」
「それは… 面倒くさいわね…」
素直な感想を零す蘭。マジボラとの時間や場所の細かいすり合わせも後からしなければならないのに、魔王軍の幹部まで現場に来るとあっては更なる細かいセッティングが必要になるではないか。
「先方はお前の事を気に入ったみたいでな、是非当日のガイドもお前に頼みたいそうじゃ」
「…あのねお爺ちゃん、明日は遊びに行くんじゃないんだから、そんなイベントコンパニオンみたいな事まで対応できる訳ないでしょ?」
繁蔵の業務連絡は蘭にあっさりと切り捨てられた。無理も無い。蘭は蘭で明日はマジボラとの折衝を『祖父に裏切り者だとバレない程度に』上手く収めなければならない。魔王軍のどうのとかいう所まで神経が回る訳がないのだ。
「別に付きっきりで観光案内しろって言ってるわけじゃ無いわい。ただ何かあった時に凛のウタマロんじゃ意思疎通出来ないからね? 必然的に蘭が付き添うしか無かろう?」
確かに凛のウタマロんは「マロ〜ん」としか話せないのだから、ホステス役としては蘭以外に適任者が居ない。
「なぁに、油小路さんも『邪魔にならない様にする』って言ってるから大丈夫じゃろ。そしたら派手にする為に人の多いショッピングモールの方を蘭にやってもらうか」
「えっ? それは困る」
繁蔵の言葉に慌てた反応を見せる蘭。これまで無言で夕飯の海鮮パスタをひたすら貪っていた凛も顔を上げて興味深そうに蘭を見る。
「どうしたのお姉? 何かあったの?」
繁蔵と凛のダブルの視線攻撃に怯む蘭。久子からモールにはウタマロんを回せとの指令を受けているのだが、ここでマジボラと繋がって情報を流している事が2人にバレるのは避けたい。
「え? あー、て言うか… あの油小路ってオジサンがちょっとね…」
口淀む蘭。何か言いづらい事があるのでは無く、今適当に油小路の罪状を捏造しようと思考している為だ。
「ちょっと目付きが嫌らしいって言うか… ほらウマナミレイ?の衣装であの人の前に立ちたくないって言うか…」
もちろん嘘であり風評被害である。油小路はこれまで蘭に対して性的な視線を送った事など無いし、それどころか同等の生物として見られた事すら無い。
「えー? 最低じゃん! お爺ちゃん、お姉が可哀想だよ。私が代わってそのオジサンの相手するから」
まさかの凛が油小路のホステスを買って出てきた。蘭も何とかゴネて担当代えを申し出ようとしていたのだが、労せずして希望通りの展開が訪れた訳だ。
「うーむ、まぁそういう事情なら仕方ないかのぉ。さすがにウタマロん相手では嫌らしい気分にはならんだろうしそうするか… 油小路さんには凛と話せる通信機でも持たせておくわい」
繁蔵と言えど人の親(の親)、セクハラに悩んでいる孫娘の為に方針変更も厭わない程度の愛情は持っている。
「では明日は公園に蘭、モールに凛、という事で決定じゃな。気合い入れてエナジー集めを頼むぞい!」
⭐
一方その頃、
「プリア、卵2個取って」
《承》
つばめの頭のアホ毛の根本にある白いシュシュが軟体動物の触手の様に細く伸びて、つばめの後方にある冷蔵庫の扉を器用に開け、中から2個の鶏卵を取り出してつばめの元に戻ってきた。
怪奇現象ではない。謎の触手の正体は魔法少女への変身道具である『変態バンド』が、つばめから注がれる魔力によって命を宿した魔法生物である。
名を『プリア』、当初はその不可解さから「気持ち悪い」とプリアを敬遠していたつばめであったが、カタコトながら会話の可能なプリアとの間に徐々にではあるがコミュニケーションが確立しており、今ではすっかり『第3の手』と言っても差し支え無い程につばめはプリアを使いこなしていた。
つばめは現在本日分の家族の夕飯を作るついでに、明日が試合の沖田に差し入れる弁当を作ろうと… いや逆であるな。明日が試合の沖田に差し入れる弁当を作るついでに本日分の家族の夕飯を作ろうとしていた。
「♪フンフンフフーン、フンフフーン」
何の歌かは知れないが機嫌良さそうに鼻歌を歌っているあたり、今つばめの脳内は弁当を食べた沖田からの好意的なリアクションを貰って、2人で幸せ空間を展開している想像をしている最中なのだろう。
《問、作成、如何、惣菜?》
プリアからの質問がつばめの頭に木霊する。何の料理をしているのか? という問いであるが、プリアは最近つばめに対して様々な質問をする様になっていた。
これはプリア自身が自我を得て周囲の世界に関心を示し始めた兆候である。つばめとしても、そのプリアの好奇心旺盛な反応は小さな子供の様であり、最近は声と言葉遣いを別にすれば『可愛い』とすら感じられていたのである。
「えっとね、ハンバーグでしょ、唐揚げ、卵焼き、あとカレー。沖田くんの好みがまだ良く分からないから、男の子の好きそうな物を全部盛りしてみたんだ。あとお弁当は冷めちゃうだろうから、サプライズでカレーは保温ボトルに入れて温かいままで持って行くの。沖田くん喜んでくれるかなぁ…?」
実はいつぞやの唐揚げパーティー以来、つばめも揚げ物に挑戦し始めていた。久子から直伝されたレシピで試しに2度ほど家族に振る舞ってみたのだが、これがいずれも大絶賛であった。
姉よりも自分の方が料理の腕が高いと自認している妹のかごめをして「悔しいけど凄く美味しい」と言わしめた必勝のメニューである。
「沖田くん『美味しい』って言ってくれるかなぁ…?」
夢見る様な表情でつばめはうっとりと呟いた。
「蘭よ、油小路さんから連絡があったぞ。なんでも明日の作戦を見学したいそうじゃ」
「それは… 面倒くさいわね…」
素直な感想を零す蘭。マジボラとの時間や場所の細かいすり合わせも後からしなければならないのに、魔王軍の幹部まで現場に来るとあっては更なる細かいセッティングが必要になるではないか。
「先方はお前の事を気に入ったみたいでな、是非当日のガイドもお前に頼みたいそうじゃ」
「…あのねお爺ちゃん、明日は遊びに行くんじゃないんだから、そんなイベントコンパニオンみたいな事まで対応できる訳ないでしょ?」
繁蔵の業務連絡は蘭にあっさりと切り捨てられた。無理も無い。蘭は蘭で明日はマジボラとの折衝を『祖父に裏切り者だとバレない程度に』上手く収めなければならない。魔王軍のどうのとかいう所まで神経が回る訳がないのだ。
「別に付きっきりで観光案内しろって言ってるわけじゃ無いわい。ただ何かあった時に凛のウタマロんじゃ意思疎通出来ないからね? 必然的に蘭が付き添うしか無かろう?」
確かに凛のウタマロんは「マロ〜ん」としか話せないのだから、ホステス役としては蘭以外に適任者が居ない。
「なぁに、油小路さんも『邪魔にならない様にする』って言ってるから大丈夫じゃろ。そしたら派手にする為に人の多いショッピングモールの方を蘭にやってもらうか」
「えっ? それは困る」
繁蔵の言葉に慌てた反応を見せる蘭。これまで無言で夕飯の海鮮パスタをひたすら貪っていた凛も顔を上げて興味深そうに蘭を見る。
「どうしたのお姉? 何かあったの?」
繁蔵と凛のダブルの視線攻撃に怯む蘭。久子からモールにはウタマロんを回せとの指令を受けているのだが、ここでマジボラと繋がって情報を流している事が2人にバレるのは避けたい。
「え? あー、て言うか… あの油小路ってオジサンがちょっとね…」
口淀む蘭。何か言いづらい事があるのでは無く、今適当に油小路の罪状を捏造しようと思考している為だ。
「ちょっと目付きが嫌らしいって言うか… ほらウマナミレイ?の衣装であの人の前に立ちたくないって言うか…」
もちろん嘘であり風評被害である。油小路はこれまで蘭に対して性的な視線を送った事など無いし、それどころか同等の生物として見られた事すら無い。
「えー? 最低じゃん! お爺ちゃん、お姉が可哀想だよ。私が代わってそのオジサンの相手するから」
まさかの凛が油小路のホステスを買って出てきた。蘭も何とかゴネて担当代えを申し出ようとしていたのだが、労せずして希望通りの展開が訪れた訳だ。
「うーむ、まぁそういう事情なら仕方ないかのぉ。さすがにウタマロん相手では嫌らしい気分にはならんだろうしそうするか… 油小路さんには凛と話せる通信機でも持たせておくわい」
繁蔵と言えど人の親(の親)、セクハラに悩んでいる孫娘の為に方針変更も厭わない程度の愛情は持っている。
「では明日は公園に蘭、モールに凛、という事で決定じゃな。気合い入れてエナジー集めを頼むぞい!」
⭐
一方その頃、
「プリア、卵2個取って」
《承》
つばめの頭のアホ毛の根本にある白いシュシュが軟体動物の触手の様に細く伸びて、つばめの後方にある冷蔵庫の扉を器用に開け、中から2個の鶏卵を取り出してつばめの元に戻ってきた。
怪奇現象ではない。謎の触手の正体は魔法少女への変身道具である『変態バンド』が、つばめから注がれる魔力によって命を宿した魔法生物である。
名を『プリア』、当初はその不可解さから「気持ち悪い」とプリアを敬遠していたつばめであったが、カタコトながら会話の可能なプリアとの間に徐々にではあるがコミュニケーションが確立しており、今ではすっかり『第3の手』と言っても差し支え無い程につばめはプリアを使いこなしていた。
つばめは現在本日分の家族の夕飯を作るついでに、明日が試合の沖田に差し入れる弁当を作ろうと… いや逆であるな。明日が試合の沖田に差し入れる弁当を作るついでに本日分の家族の夕飯を作ろうとしていた。
「♪フンフンフフーン、フンフフーン」
何の歌かは知れないが機嫌良さそうに鼻歌を歌っているあたり、今つばめの脳内は弁当を食べた沖田からの好意的なリアクションを貰って、2人で幸せ空間を展開している想像をしている最中なのだろう。
《問、作成、如何、惣菜?》
プリアからの質問がつばめの頭に木霊する。何の料理をしているのか? という問いであるが、プリアは最近つばめに対して様々な質問をする様になっていた。
これはプリア自身が自我を得て周囲の世界に関心を示し始めた兆候である。つばめとしても、そのプリアの好奇心旺盛な反応は小さな子供の様であり、最近は声と言葉遣いを別にすれば『可愛い』とすら感じられていたのである。
「えっとね、ハンバーグでしょ、唐揚げ、卵焼き、あとカレー。沖田くんの好みがまだ良く分からないから、男の子の好きそうな物を全部盛りしてみたんだ。あとお弁当は冷めちゃうだろうから、サプライズでカレーは保温ボトルに入れて温かいままで持って行くの。沖田くん喜んでくれるかなぁ…?」
実はいつぞやの唐揚げパーティー以来、つばめも揚げ物に挑戦し始めていた。久子から直伝されたレシピで試しに2度ほど家族に振る舞ってみたのだが、これがいずれも大絶賛であった。
姉よりも自分の方が料理の腕が高いと自認している妹のかごめをして「悔しいけど凄く美味しい」と言わしめた必勝のメニューである。
「沖田くん『美味しい』って言ってくれるかなぁ…?」
夢見る様な表情でつばめはうっとりと呟いた。