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作者: ちありや
第114話 さっかーぶ
 瓢箪岳高校のサッカー部は県内でも強豪の部類に入る。平均して3年に一度は全国大会への切符を手に入れているので、大半の部員は高校生活に一度は全国大会に参加できている計算になる。
 これは高校サッカーの後に夢破れた者達も『俺の在籍時に全国行ってたんだ』と他者に自慢できる人生を提供する事にも繋がっていた。

 そして女子にモテる。
 例えば沖田には4人(野々村が抜けたせいで今は3人)のファンクラブと言うか親衛隊がいるが、それがあまり問題にならないのは他のサッカー部レギュラーには更に多くのファンが付いているからである。
 従ってサッカー部の練習の際には、練習場の周囲をファンの女子生徒で囲んでしまう事もままあった。

 だがそれが故にサッカー部は人気のクラブであり、入部希望者も多い上に、その後のレギュラー争いも熾烈なものとなる。

 当然つばめの思いびとである沖田彰馬もレギュラー獲得を目指して、谷を始めとする他の部員らと切磋琢磨していた。

 男子だけでは無い。女子もサッカー部のマネージャーになるに当たって、これまた激しい選抜が行われる。
 サッカー知識はもちろん、掃除や洗濯の技能、さらにはその容姿すらも選考対象となり、男子部員の人気投票なども加わって『女の戦い』の主戦場ともなっていた。

 以前のつばめはそんな事情など全く知らずに、呑気に『マジボラ辞めてサッカー部のマネージャーやろっかな?』などと考えていたのだが、仮につばめがサッカー部マネージャーになったとして3軍のマネージャーですら就けたかどうか疑問であったろう。

 サッカー部を取り巻く事情はそれなりに複雑なものではあるが、我らが芹沢つばめにとっては当面無関係な事であり、彼女は極めてお気楽にサッカー部の練習を見物し、沖田への声援を送っていた。
 グラウンドの対面トイメンには沖田親衛隊が確認できたが、こちらから近寄らなければ厄介事にはなるまい、とつばめは距離を取る事にする。

 今日は試合形式ではなく、1年生も上級生と同様にドリブルからシュートに繋ぐ練習をしていた。
 ゴールキーパーとディフェンス役の部員が1人おり、それらを切り抜けてゴールすれば勝ちで、持ち時間は1分、シュートチャンスは一度だけ。ディフェンスにボールを奪われたら即終了というシビアなルールだ。

 ちなみに結果がどうあれオフェンス役の部員は、ディフェンスに入って次の部員の邪魔をする役に回り、そしてディフェンス役だった部員はオフェンスの列の後ろに並ぶという仕組みだ。

 ちょうど沖田の順番が回ってきたようだ。つばめと親衛隊、グラウンドの両方から「沖田くん頑張れー!」という声が上がる。つばめと親衛隊は反目し合う間柄ではあるが、今だけは『沖田の応援』で心が1つになっていた。

 ボールを持って駆け出した沖田は、寄せてきたディフェンスに対して体を回転させるように躱し、そのまま背面から踵でボールをチョイと蹴り上げた。
 強烈なシュートを警戒して前に出て来たキーパーの頭上を山なりに飛び越えたボールは、そのまま緊張感の無い勢いのままゴール内へと転がり込む。

 予想外の展開に一瞬静まり返るグラウンド。数秒後、それを見ていた全てのサッカー部員と観衆が拍手と歓声で湧き上がる。とても只の練習風景で見る光景では無い。

 沖田のサッカーセンスと冷静な観察眼と茶目っ気が同時に発揮された場面だった。

 思いびとが活躍して嬉しい反面、つばめは『これで更に沖田くんのファンが増えちゃったらどうしよう? 更に激化した戦場に踏み込まなければならないのかしら…?』などとも考える。
 沖田には活躍して欲しい。しかし他の女に注目されるのは困る。複雑な乙女心であった。

 更に沖田はつばめの方を見てガッツポーズを決める。それを受けてつばめのキュンゲージはまたしても爆上がりを見せた。
 いや、実際に彼が見ていたのがつばめかどうかは判然としないのだが、つばめにとってはそれは大した問題ではない。

 親衛隊の反対側である『こちら』を向いてアクションをした、という事が重要であり、既につばめの中では『沖田くんがわたしに向けてガッツポーズをしてくれた』に変換されていた。
 恐らく明日にはつばめの妄想は『私の為にゴールを決めてくれた』にまで昇華すると思われるが、ここではこれ以上は語るまい。

 その後沖田はディフェンスに回るも、友人である谷の豪快なドリブルに力負けして押し倒されていた。
 怪我には至らなかったが、沖田は高いセンスと機動力を持つ反面、パワー不足から来る当たりの弱さが露見した結果となった。

 倒れた沖田に手を伸ばし助け起こす谷を見て、つばめは新たに『押し倒す男の友情もいい!』という価値観もインプットしていた。それ以上に拗らせない事を願うばかりだ。

「でも今日はマジボラが休み(?)で、沖田くんがたくさん見られたから良かったなぁ…」

 1人幸せムードで盛り上がるつばめ。そして彼女は唐突にある重要な約束を思い出す。

「マジボラと言えば『わたしと沖田くんの仲を取り持つ』事が入部の条件だったのに、もしかして今まで何もされてなくない…? むしろ邪魔ばかりされていた気が…」

 沖田絡みでマジボラから受けた恩恵は、身体測定の時の沖田の身体データだけだ。あんな(とても尊い物ではあるが)紙切れ1枚では今までの働きに対して、とてもではないが釣り合わないであろう。

「これはちょっと一言申し上げないとだよね!」

 自分で今まですっかり忘れていたにも関わらず、急に怒りを思い出したつばめが何処ともなく視線を巡らせると、ちょうど校門の外から中へと睦美らが走り入っていく所であった。
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