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作者: ちありや
第106話 にんむ
「なるほど、彼が例の標的ターゲットですか。数年前より更に大きくなりましたね…」

 瓢箪岳高校の上空、鳥に似た使い魔によって送られてくる大豪院の映像イメージを受信しながら、油小路は1人何度も頷いていた。

 彼の横には3人の男が膝を付いてはべっていた。その人相風体をよく見ると、今朝大豪院に立て続けに車を特攻させていた暴走ドライバー連中だと分かる。

「彼が化物なのは知っていましたが、やはり君達には荷が重すぎましたかねぇ…?」

 油小路の冷たい視線に態度を萎縮させる3人。しかしその中の1人が思い詰めた表情で顔を上げる。

「お言葉ですがユニテソリ様。あ奴は魔力による探知が効かない上に、加速をつけた自動車をぶつけても打撃を与えられません。それに監視用の使い魔も…」

「あ… 今私の使い魔も撃墜されましたね… 200m 近い距離があったと思ったのですが、正確に指弾を当ててきましたか…」

 従者の言葉を遮って油小路ユニテソリが呟く。大豪院の力の片鱗を垣間見て油小路は密かに感心していた。

「はい… あいつを殺すには並の手段ではどうにもなりません。もっと大掛かりな重火器や、あるいは巨大な魔物を使えば…」

 熱心に語る従者だったが、その言葉に油小路は静かに首を振る。

「派手には出来ない理由があるのです。派手にやって『彼ら』に見つかると、逆に『彼ら』の本願が成就してしまうのですよ。あくまでも『彼ら』に見つからない様に、ひっそりと事故に見せかけて大豪院覇皇帝かいざあを葬る必要があります」

 油小路の勿体つけた言い回しを理解できずに頭をひねる従者達。なにやら複雑な事情があるのは間違いないのだが、彼らは「事故に見せかけて大豪院を殺せ」としか命令を受けていないのだ。

 しかもあれだけ目立つはずの大豪院の居場所を特定するのにも手を焼いている有様だった。
 前述の様に大豪院には何故か魔法による探知が効かず、監視の為の使い魔や魔族はことごとく抹消される。

 魔王軍の情報部には予知を司る部隊がいるのだが、その彼らにしてもおおよその場所と時間しか特定出来ない。
 その予知もジャミングを受けたかの様に、他の対象に比べ場所や日時の特定が更にずれ込む有様だった。

 彼らがつばめをマークしていたのは、つばめの入学初日に車を久子に殴り飛ばされた件を大豪院による攻撃と錯誤していた為であった。
『つばめを守ろうとして大豪院が現れた』のならば『つばめあの女をマークしていればいずれ大豪院に行き当たる』という予想の元に3人体制で動いていた訳である。

 かなり時間はかかってしまったが、彼らの作戦は迷走しながらも成功した。結果的につばめと大豪院は不思議な運命で巡り会い、大豪院への総攻撃を行えたのだから。成果はともかく……。

「彼が恐ろしくタフなガキなのは理解はしていますよ。私も一度失敗しています。君達の苦労は察します…」

 従者らを見渡して油小路は舞台俳優の様に語る。
 やがてその従者の1人が軽く挙手をする。その目には軽い不満と硬い決意が見て取れた。

「あの… よろしいですかユニテソリ様? あのガキは結局何者なんですか? なんだってこんなコソコソと仕事しなきゃならないんです?」

 彼らは何も聞かされていない。任務は任務としてやり遂げる気概はあるが、詳細を教えてもらうのともらえないとではモチベーションの質にも関わってくるのは当然である。

 油小路はしばし考える振りをし、改めて従者達に向き直った。

「ふむ… どう言えばいいものか… あの大豪院という男は天上のやつらに言わせると『魔王を倒し世界を救う勇者』様なのだそうです」

 従者達のよく分かっていない生返事を受けて油小路は言葉を続ける。

「何でも彼を魔王様への刺客として異世界に『転生』させる事が神々かれらの目的なのだそうです。そして我々の目的やらなければならない事は『大豪院が転生出来ない様に、その魂を永久に封印する事』にあります。その為には神々に彼の死を気取られてはならないのですよ」

 つまり天上の神々と魔王軍は共に「大豪院の殺害」という同一の目標に向けて別々に動いていた訳である。
 片や異世界で勇者として転生させ魔王軍への切り札とする為に。片や魔王を倒しうる存在、その可能性の芽を摘む為に。

「そんな訳で、とかく彼には厄災が降りかかります。トラックに轢かれたり、乗った飛行機が落ちたりと彼の周りは惨劇だらけです。今回姿を現すまでに消息が掴めなかったのは、惨劇を気に病んでどこか山奥にでも篭っていたのでしょう」

 そこまで言ったところで従者の1人が、口を開く。

「ではなぜ奴は今になって市街地に現れたのでしょう…?」

 質問に対して再び油小路は考え込むが、良いアイデアは浮かばずに自嘲気味に首を振って応える。

「それは分かりませんが、探る価値はあると思います。何にせよ彼の通う学校が特定できたのは幸運でした。更に幸運な事につい最近知り合った女性が使えるかも知れません。『手伝ってもらう事では無い』と言ったばかりでしたけどねぇ…」

 油小路はここで初めて悪魔の如き微笑みを見せた。
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