第104話 てんこうせい
燃え盛る自動車を前に茫然自失としていたつばめだが、急に何者かから腕を引かれて我に帰る。
「火の前に突っ立ってたら危ないっしょ!」
声の主はまどかだった。武藤から引き続き潜入捜査を命じられたまどかは、睦美らとの顔合わせをした後に、「一番ボーっとしてて危なっかしいから」とつばめの護衛を依頼されていたのだ。
「…あ、ハイ。ありがとうございます…」
まだ魂が頭上10cm程に漂っている風なつばめが気の入らない謝意を告げる。
「警察や消防には私が連絡しとくから、早く学校行きな!」
まどかに言われてつばめは軽く会釈をしてその場を離れる。
「全く… 1人の体じゃ無いんだからもっとしっかりしなよね…」
『つばめが妊娠している』という誤った情報を疑う事なく信じているまどかは、ついついいつもの軽いノリから逸脱した『市民の安全を守る真面目な警察官』の役を演じていた。
『あーしもそんな事が出来るんだなぁ…』
自分の内なる変化に戸惑いながらもほのぼのと温かい気分になるまどか。まぁ全体的に勘違いなのだが。
警察はまどかが呼ぶよりも早くに到着した。件の暴走ドライバーを追っていた、これまた暴走ミニパトがおっとり刀で現場に到着したのだ。
ミニパトから現れた2人の婦警が状況の凄惨さに絶句する。
「うっわ、ひっでぇなこりゃ… あれ? まどかじゃん。アンタがやったのコレ?」
2人のうち、赤毛ポニーテールでグラマラスな婦警がまどかを見つけて茶化す振りをする。どうやらまどかとミニパトの2人は知り合いらしい。
「んなワケねーから! あーしが来た時にはもうこうなってたし! …そいでさ、後は香奈姉達に任せて良いかな? 1人避難させたんだけど、その子がフラフラしてないか心配で…」
「あいよ任された。しかしあの暴走ドライバー連中がまさか全て自滅するとは… 車の事故は怖いよねぇ…」
香奈と呼ばれた婦警が炎を見つめながら、失ったライバルを想い感慨深く思索する。その後ろでもう1人のショートヘアでクールな婦警が、我関せずとテキパキ無線での応援要請や現場の写真撮影を行っていた。
☆
それからつばめはどの様にして学校まで歩いてきたのか記憶が無い。ハッと気がついたら教室の自分の席に座っていた。
あまりにも強烈な事件に対して茫然自失としていた中、恐らく防衛本能的な何かで無意識に学校へと向かっていたのであろう。
朝のホームルームの時間になっても現れない佐藤教諭であったが、そのおかげでつばめも遅刻を免れていたようだ。
担任の遅い到着にざわつく教室。そして佐藤教諭の遅れた理由はすぐに判明した。
佐藤教諭に連れられて来た人物、その巨大すぎる体躯と鋭い眼光、そして『戦場帰りか?』と思える程に汚れて煤けた制服の男。
そのあまりの異様さに誰一人言葉も出ない。骨のある男子生徒数名と御影は新たなキャラクター登場に楽しそうに目を輝かせているが、残りの8割5分は目を見開いて驚きを表現していた。
「えー、静粛に! …って既に静粛だな。えーと、転校生を紹介する。今日からこのクラスで皆さんと共に学ぶ大豪院 覇皇帝くんです」
佐藤教諭が黒板に大きく大豪院の氏名を書く。大豪院はともかく『覇皇帝』と書いて『かいざあ』と読ませるキラキラネーム仕様である。
本来ならばこの辺りで名前をイジる冷やかしが生徒たちからあって然るべきなのだが、無表情かつ無言で立つ大豪院を前にしてそこまで出来る勇者は1年C組には居なかった。
「では大豪院、自己紹介を」
佐藤教諭も努めて『普通』を装っているが、その実まるで気が気では無かった。大豪院から最も近い位置に立っているのが佐藤教諭なのだ。
大豪院の醸し出す圧に圧されて、ともすれは意識を失いかねないプレッシャーの中で、彼は人知れず戦っていたのだった。
大豪院は表情を変えないまま「大豪院だ…」とだけ静かに声を出し、再び口を真一文字に結んだ。
自己紹介が終了したのか何なのか把握できずに、佐藤教諭を含め再度空気が凍るC組教室。
重苦しい沈黙が10秒ほど続いた後に、不意に教室内に拍手の音が響く。
見れば窓際最前列の御影がとても楽しそうに笑みを浮かべて手を叩いていた。
「なかなか個性的な人じゃないか。みんな、歓迎してあげようよ!」
御影の言葉に1つ、また1つと拍手の数が増えていく。やがてクラス全員の祝福を受けた大豪院は、注視していないと分からないレベルでクラスメイトに向けて会釈をした。
「で、ではとりあえず大豪院は出席番号25番と言う事で窓際最後尾の席に付いてくれ。松原、渡部、すまんがしばらく教科書を見せてやったりしてくれ。山南は大豪院に学内を案内してやってくれないか?」
教諭に促されるまま、無言で真正面を見据えたまま歩き窓際最後尾の席に付く大豪院、用意された机が小さすぎて(机のサイズは一般的な物である)、えらくアンバランスな絵面になってしまっていた。
今までのクラス出席番号の最後、つまり大豪院の直前の席に居たのは渡部寛吉という男子生徒であるのだが、彼はマンガやゲームを愛する小柄なインドア少年であり、あまり社交性も高くない。
渡部の隣の席である松原庄之助も渡部と同系統の属性持ちで、実際この2人は仲が良かった。
そして山南和也は1年C組の学級委員長だ。真面目で清潔感はあるものの、顔面も体格も『普通』であり、極めて印象に残りにくいタイプの人間だ。そして間違っても荒事が得意なタイプでは無い。
名指しで大豪院の世話係を押し付けられた男子生徒3人は、まさかの仕打ちに一様に顔を青くしていた。
そして朝の事件が夢では無かった事の生き証人が目の前に現れた事で恐怖が蘇ったつばめは、3人の男子生徒たちよりも顔を青ざめさせていた。
※作者より
前回より登場した大豪院ですが、例によって僕の別短編作品のキャラクターです。設定的にも「まじぼらっ!」とリンクしていますので、ダブルで美味しい思いができます!w
https://www.bays-novel.com/novels/225
「火の前に突っ立ってたら危ないっしょ!」
声の主はまどかだった。武藤から引き続き潜入捜査を命じられたまどかは、睦美らとの顔合わせをした後に、「一番ボーっとしてて危なっかしいから」とつばめの護衛を依頼されていたのだ。
「…あ、ハイ。ありがとうございます…」
まだ魂が頭上10cm程に漂っている風なつばめが気の入らない謝意を告げる。
「警察や消防には私が連絡しとくから、早く学校行きな!」
まどかに言われてつばめは軽く会釈をしてその場を離れる。
「全く… 1人の体じゃ無いんだからもっとしっかりしなよね…」
『つばめが妊娠している』という誤った情報を疑う事なく信じているまどかは、ついついいつもの軽いノリから逸脱した『市民の安全を守る真面目な警察官』の役を演じていた。
『あーしもそんな事が出来るんだなぁ…』
自分の内なる変化に戸惑いながらもほのぼのと温かい気分になるまどか。まぁ全体的に勘違いなのだが。
警察はまどかが呼ぶよりも早くに到着した。件の暴走ドライバーを追っていた、これまた暴走ミニパトがおっとり刀で現場に到着したのだ。
ミニパトから現れた2人の婦警が状況の凄惨さに絶句する。
「うっわ、ひっでぇなこりゃ… あれ? まどかじゃん。アンタがやったのコレ?」
2人のうち、赤毛ポニーテールでグラマラスな婦警がまどかを見つけて茶化す振りをする。どうやらまどかとミニパトの2人は知り合いらしい。
「んなワケねーから! あーしが来た時にはもうこうなってたし! …そいでさ、後は香奈姉達に任せて良いかな? 1人避難させたんだけど、その子がフラフラしてないか心配で…」
「あいよ任された。しかしあの暴走ドライバー連中がまさか全て自滅するとは… 車の事故は怖いよねぇ…」
香奈と呼ばれた婦警が炎を見つめながら、失ったライバルを想い感慨深く思索する。その後ろでもう1人のショートヘアでクールな婦警が、我関せずとテキパキ無線での応援要請や現場の写真撮影を行っていた。
☆
それからつばめはどの様にして学校まで歩いてきたのか記憶が無い。ハッと気がついたら教室の自分の席に座っていた。
あまりにも強烈な事件に対して茫然自失としていた中、恐らく防衛本能的な何かで無意識に学校へと向かっていたのであろう。
朝のホームルームの時間になっても現れない佐藤教諭であったが、そのおかげでつばめも遅刻を免れていたようだ。
担任の遅い到着にざわつく教室。そして佐藤教諭の遅れた理由はすぐに判明した。
佐藤教諭に連れられて来た人物、その巨大すぎる体躯と鋭い眼光、そして『戦場帰りか?』と思える程に汚れて煤けた制服の男。
そのあまりの異様さに誰一人言葉も出ない。骨のある男子生徒数名と御影は新たなキャラクター登場に楽しそうに目を輝かせているが、残りの8割5分は目を見開いて驚きを表現していた。
「えー、静粛に! …って既に静粛だな。えーと、転校生を紹介する。今日からこのクラスで皆さんと共に学ぶ大豪院 覇皇帝くんです」
佐藤教諭が黒板に大きく大豪院の氏名を書く。大豪院はともかく『覇皇帝』と書いて『かいざあ』と読ませるキラキラネーム仕様である。
本来ならばこの辺りで名前をイジる冷やかしが生徒たちからあって然るべきなのだが、無表情かつ無言で立つ大豪院を前にしてそこまで出来る勇者は1年C組には居なかった。
「では大豪院、自己紹介を」
佐藤教諭も努めて『普通』を装っているが、その実まるで気が気では無かった。大豪院から最も近い位置に立っているのが佐藤教諭なのだ。
大豪院の醸し出す圧に圧されて、ともすれは意識を失いかねないプレッシャーの中で、彼は人知れず戦っていたのだった。
大豪院は表情を変えないまま「大豪院だ…」とだけ静かに声を出し、再び口を真一文字に結んだ。
自己紹介が終了したのか何なのか把握できずに、佐藤教諭を含め再度空気が凍るC組教室。
重苦しい沈黙が10秒ほど続いた後に、不意に教室内に拍手の音が響く。
見れば窓際最前列の御影がとても楽しそうに笑みを浮かべて手を叩いていた。
「なかなか個性的な人じゃないか。みんな、歓迎してあげようよ!」
御影の言葉に1つ、また1つと拍手の数が増えていく。やがてクラス全員の祝福を受けた大豪院は、注視していないと分からないレベルでクラスメイトに向けて会釈をした。
「で、ではとりあえず大豪院は出席番号25番と言う事で窓際最後尾の席に付いてくれ。松原、渡部、すまんがしばらく教科書を見せてやったりしてくれ。山南は大豪院に学内を案内してやってくれないか?」
教諭に促されるまま、無言で真正面を見据えたまま歩き窓際最後尾の席に付く大豪院、用意された机が小さすぎて(机のサイズは一般的な物である)、えらくアンバランスな絵面になってしまっていた。
今までのクラス出席番号の最後、つまり大豪院の直前の席に居たのは渡部寛吉という男子生徒であるのだが、彼はマンガやゲームを愛する小柄なインドア少年であり、あまり社交性も高くない。
渡部の隣の席である松原庄之助も渡部と同系統の属性持ちで、実際この2人は仲が良かった。
そして山南和也は1年C組の学級委員長だ。真面目で清潔感はあるものの、顔面も体格も『普通』であり、極めて印象に残りにくいタイプの人間だ。そして間違っても荒事が得意なタイプでは無い。
名指しで大豪院の世話係を押し付けられた男子生徒3人は、まさかの仕打ちに一様に顔を青くしていた。
そして朝の事件が夢では無かった事の生き証人が目の前に現れた事で恐怖が蘇ったつばめは、3人の男子生徒たちよりも顔を青ざめさせていた。
※作者より
前回より登場した大豪院ですが、例によって僕の別短編作品のキャラクターです。設定的にも「まじぼらっ!」とリンクしていますので、ダブルで美味しい思いができます!w
https://www.bays-novel.com/novels/225