第101話 きょうてい
「『これから』の事なのですが、魔法奉仕同好会の活動は当面私の所で情報を止めようと考えています。魔法奉仕同好会とシン悪川興業、両方を相手取るよりも、より『社会悪』と思える方を叩くべきだと思いました」
武藤は『当面』と言った。すなわち『ずっとじゃないから見逃してやっているうちは警察の役に立って見せろ』という意味でもあるのだろう。
武藤としても苦渋の選択であったと言える。
報告をわざと遅らせるのは服務規程違反ではあるが、潜入捜査自体まだ始めて数日だ。
最低でも半月は本部から何かを聞かれても「鋭意捜査中」と答えておけば誤魔化せるだろう。
尤も半年だ1年だとなると、さすがに誤魔化すのは不可能になるが……。
何より行動の読めないマジボラとシン悪川興業、その片方でも首に鈴を付けられるならば、警察組織としても武藤個人としてもメリットは大きい。
魔法少女が武藤の予想外に多くいた事も関係している。
ヤクザ組織と同様に、厄介な奴に厄介な奴を統括させて個々に暴れさせない様にする事、更に仮に悪事を働いても、統括者に部下の行動の全責任を取らせる事でその暴走を抑える事が可能となる。
普段ヤクザを相手にしている武藤は「数を把握して監視&管理する為にもヤクザ組織も必要悪」である事をよく分かっていた。
もちろん武藤とて魔法少女がヤクザと同義だと言うつもりは無い。
しかし個々の魔法少女が好き勝手に魔法で暴れ回るとヤクザと同様、或いはそれ以上の被害を生み出しかねない。例えばビルを爆破したりとか……。
前回の様に廃ビルならともかく、高層ビルや商業施設を爆破されたら大惨事になってしまうだろう。それを未然に防ぐのが武藤の使命なのだと心に決めていた。
「ビルの爆破やそれに伴う誘拐犯らの怪我に関しては、既にいずれも時効が成立していますから、今から犯人探しをするつもりはありませんよ」
それらを含めて『血のクリスマス事件』は最早過去の事なのだ。武藤の中でも過去の事に出来たのだ。
「んで、結局どうすんの? シン悪川興業を倒すまで警察に協力しろっての? アタシらの目的は『感謝のエナジー集め』であって『正義の味方』じゃないのよ。警察の下請けじゃ『やって当然』と思われるからエナジーも集まらないし、もう少し旨味のある話は無いの?」
この期に及んでまだ条件を釣り上げようとする睦美。
仮に睦美らを不法滞在で逮捕したとしても、すぐに管轄は入管に回されて武藤らは手が出せなくなる。せっかく掴んだ魔法少女のネタをむざむざ手放すはずが無いと見て強気に出ているのだ。
「残念ながら今回の措置は『魔法奉仕同好会』を信頼する、という私の独断です。人的、物的な支援はほとんど望めないと断言します。ただ本部に撹乱情報を送って、貴女達に都合の良い様に警察の手を誘導したり逆に乖離させるくらいは出来るでしょう」
そこで武藤は2、3秒何かを考えるふりをする。
「あと、連絡要員として私の部下を置いていきます。頭は良くありませんが、体は丈夫です。荷物運びにでも使ってやって下さい」
武藤の条件を吟味する睦美。正直『当面見逃してもらえる』だけでも御の字のはずなのだが、何か気に食わないのか睦美の顔は未だに曇っていた。
「う〜ん、アンタが切れ者なのは初対面の時に感じたけど、実際どんなもんなのか見せて欲しいのよね… ヒザ子?」
「了解ですぅ〜! …3倍くらいで良いですか?」
睦美が何も言わずとも久子はその考えを理解していた。当然『久子と武藤で戦って相手のレベルを測れ』といったものである。
「そうね、そんなもんで。部室じゃ狭いから外に出るわよ」
人目を避ける為に、部室から出て昨日の空手部部室方面へ向かう一行。途中『立入禁止』の注意書きが書かれた虎ロープを超えて、蘭達と不良が立ち回りをした現場近くに来る。
3倍程度の強化なら久子は変態する必要も無い。そのまま久子と武藤で対峙する。
「刑事さん、痛かったら言ってね。すぐやめるから」
ニコニコと話す久子に武藤は微かな苛立ちを覚える。完全に舐めてかかっている態度だ。件の魔法少女とやらがどれほど強いのか知らないが、武藤は他人に舐められるのは大嫌いだ。
武藤はその場で2度軽くジャンプして呼吸を整える。そのまま無言で構えて久子に『来い』とジェスチャーした。
久子の体が低く沈み、脚力の全てを使って武藤に突進する。
低いタックルで武藤の体を拘束し、そのまま締め上げれば武藤の様な軽い相手はすぐに降参する、
かつて綿子争奪戦で土岐いのりがつばめに対して使った戦法、これが久子の狙いだ。
手を伸ばし武藤を捉えて尻餅でも付かせれば勝てる相手に思えた。
次の瞬間、久子は背中から地面に落ちていた。
何が起きたのかも分からず受け身も取れなかった。背中を打ち付けた衝撃で肺の中の空気が全て外に出る。視界は全て青空だ。
久子も熟練の戦士だ。すぐに自分が投げられて、仰向けに地面に寝かされている事を悟る。
慌てて飛び起きて距離を取る久子。武藤は無表情のまま再び久子に『来い』と手招きする。
再び突進する久子。今度は密かに5倍の強化で速度を上げて手を伸ばす。
「それまで!」
睦美の声が響く。声を合図に久子と武藤は動きを止めるが、武藤は掴んだ久子の肘に拳を打ち込む寸前であった。停止の合図があと0.5秒遅ければ久子は肘を砕かれていたかも知れない。
明らかな敗北にいつもの明るさは鳴りを潜め、愕然と地面を見つめる久子。
「気にしなくて良いわよヒザ子。合気術使いとアンタとじゃ相性が悪かっただけだから…」
久子の肩に手を乗せ慰める睦美。
「アンタ武藤っていったっけ? ヒザ子を倒すとはやるねぇ、気に入ったよ!」
明るい笑顔で勝者である武藤を祝福する睦美。
『分かってもらえたか』と安心して睦美に笑顔を返そうとした武藤であったが、その直後10秒程目を閉じられなくなる『攻撃』を受けた。
武藤は『当面』と言った。すなわち『ずっとじゃないから見逃してやっているうちは警察の役に立って見せろ』という意味でもあるのだろう。
武藤としても苦渋の選択であったと言える。
報告をわざと遅らせるのは服務規程違反ではあるが、潜入捜査自体まだ始めて数日だ。
最低でも半月は本部から何かを聞かれても「鋭意捜査中」と答えておけば誤魔化せるだろう。
尤も半年だ1年だとなると、さすがに誤魔化すのは不可能になるが……。
何より行動の読めないマジボラとシン悪川興業、その片方でも首に鈴を付けられるならば、警察組織としても武藤個人としてもメリットは大きい。
魔法少女が武藤の予想外に多くいた事も関係している。
ヤクザ組織と同様に、厄介な奴に厄介な奴を統括させて個々に暴れさせない様にする事、更に仮に悪事を働いても、統括者に部下の行動の全責任を取らせる事でその暴走を抑える事が可能となる。
普段ヤクザを相手にしている武藤は「数を把握して監視&管理する為にもヤクザ組織も必要悪」である事をよく分かっていた。
もちろん武藤とて魔法少女がヤクザと同義だと言うつもりは無い。
しかし個々の魔法少女が好き勝手に魔法で暴れ回るとヤクザと同様、或いはそれ以上の被害を生み出しかねない。例えばビルを爆破したりとか……。
前回の様に廃ビルならともかく、高層ビルや商業施設を爆破されたら大惨事になってしまうだろう。それを未然に防ぐのが武藤の使命なのだと心に決めていた。
「ビルの爆破やそれに伴う誘拐犯らの怪我に関しては、既にいずれも時効が成立していますから、今から犯人探しをするつもりはありませんよ」
それらを含めて『血のクリスマス事件』は最早過去の事なのだ。武藤の中でも過去の事に出来たのだ。
「んで、結局どうすんの? シン悪川興業を倒すまで警察に協力しろっての? アタシらの目的は『感謝のエナジー集め』であって『正義の味方』じゃないのよ。警察の下請けじゃ『やって当然』と思われるからエナジーも集まらないし、もう少し旨味のある話は無いの?」
この期に及んでまだ条件を釣り上げようとする睦美。
仮に睦美らを不法滞在で逮捕したとしても、すぐに管轄は入管に回されて武藤らは手が出せなくなる。せっかく掴んだ魔法少女のネタをむざむざ手放すはずが無いと見て強気に出ているのだ。
「残念ながら今回の措置は『魔法奉仕同好会』を信頼する、という私の独断です。人的、物的な支援はほとんど望めないと断言します。ただ本部に撹乱情報を送って、貴女達に都合の良い様に警察の手を誘導したり逆に乖離させるくらいは出来るでしょう」
そこで武藤は2、3秒何かを考えるふりをする。
「あと、連絡要員として私の部下を置いていきます。頭は良くありませんが、体は丈夫です。荷物運びにでも使ってやって下さい」
武藤の条件を吟味する睦美。正直『当面見逃してもらえる』だけでも御の字のはずなのだが、何か気に食わないのか睦美の顔は未だに曇っていた。
「う〜ん、アンタが切れ者なのは初対面の時に感じたけど、実際どんなもんなのか見せて欲しいのよね… ヒザ子?」
「了解ですぅ〜! …3倍くらいで良いですか?」
睦美が何も言わずとも久子はその考えを理解していた。当然『久子と武藤で戦って相手のレベルを測れ』といったものである。
「そうね、そんなもんで。部室じゃ狭いから外に出るわよ」
人目を避ける為に、部室から出て昨日の空手部部室方面へ向かう一行。途中『立入禁止』の注意書きが書かれた虎ロープを超えて、蘭達と不良が立ち回りをした現場近くに来る。
3倍程度の強化なら久子は変態する必要も無い。そのまま久子と武藤で対峙する。
「刑事さん、痛かったら言ってね。すぐやめるから」
ニコニコと話す久子に武藤は微かな苛立ちを覚える。完全に舐めてかかっている態度だ。件の魔法少女とやらがどれほど強いのか知らないが、武藤は他人に舐められるのは大嫌いだ。
武藤はその場で2度軽くジャンプして呼吸を整える。そのまま無言で構えて久子に『来い』とジェスチャーした。
久子の体が低く沈み、脚力の全てを使って武藤に突進する。
低いタックルで武藤の体を拘束し、そのまま締め上げれば武藤の様な軽い相手はすぐに降参する、
かつて綿子争奪戦で土岐いのりがつばめに対して使った戦法、これが久子の狙いだ。
手を伸ばし武藤を捉えて尻餅でも付かせれば勝てる相手に思えた。
次の瞬間、久子は背中から地面に落ちていた。
何が起きたのかも分からず受け身も取れなかった。背中を打ち付けた衝撃で肺の中の空気が全て外に出る。視界は全て青空だ。
久子も熟練の戦士だ。すぐに自分が投げられて、仰向けに地面に寝かされている事を悟る。
慌てて飛び起きて距離を取る久子。武藤は無表情のまま再び久子に『来い』と手招きする。
再び突進する久子。今度は密かに5倍の強化で速度を上げて手を伸ばす。
「それまで!」
睦美の声が響く。声を合図に久子と武藤は動きを止めるが、武藤は掴んだ久子の肘に拳を打ち込む寸前であった。停止の合図があと0.5秒遅ければ久子は肘を砕かれていたかも知れない。
明らかな敗北にいつもの明るさは鳴りを潜め、愕然と地面を見つめる久子。
「気にしなくて良いわよヒザ子。合気術使いとアンタとじゃ相性が悪かっただけだから…」
久子の肩に手を乗せ慰める睦美。
「アンタ武藤っていったっけ? ヒザ子を倒すとはやるねぇ、気に入ったよ!」
明るい笑顔で勝者である武藤を祝福する睦美。
『分かってもらえたか』と安心して睦美に笑顔を返そうとした武藤であったが、その直後10秒程目を閉じられなくなる『攻撃』を受けた。