第76話 しんぶんぶ
「沖田くん…」
本日の授業が終わり、生徒達が部活や委員会に散っていく中、蘭の恋路を応援するべくつばめはサッカー部室へと向かう沖田の後ろ姿に声をかけた。
「あのね、サッカー部の人達で沖田くんと同じくらいの身長で、やっぱり沖田くんと同じ感じで茶髪のサラサラヘアーな部員って他に誰がいるかな?」
つばめの突飛な質問にも沖田は動じた様子も無く、にこやかに答えた。
「んー、レギュラーだけでも5人は居るかな? 山田部長でしょ、仁藤先輩でしょ、風間先輩でしょ、龍門渕先輩でしょ、最後に…」
「ちょ、ちょっとタンマ! そんなにたくさんいるの?!」
指を折りつつ楽しそうに数える沖田を慌てて制止するつばめ。この分では……。
「うん。俺みたいな控えも入れれば更に倍くらいいるかも。さすがに全員の名前は覚えきれてないけどさ。で? 何なの? 何かのアンケート?」
「う、うーん、まぁそんな感じかな…? 協力ありがとうね。ちょっとメモするからもう一回言ってもらっていいかな…?」
一応律儀に沖田に言われた10人強の名前を控えながら、つばめは『ゴメン蘭ちゃん、役に立てそうに無いよ… サッカー部を甘く見てたよ…』と内心、己の見立ての甘さを反省しつつ、サッカー部の没個性さにドン引きしていた。
「あいつまた勝手に沖田くんと話してる」
「ホントムカつく、ブスのくせに」
「そろそろまた思い知らせてやった方が良いんじゃないの?」
やや離れた場所で沖田とつばめのやりとりを見つめる女生徒たち。木下望美、武田陽子、和久井倫子のいわゆる『沖田親衛隊』だ。
「でもまたあの新見とかいう奴に見つかると面倒臭いんじゃない?」
「それに新見レスリング部(女子レスリング同好会です)に入ったらしいじゃん。暴力で来られるとヤバイよ?」
「どうする? うちらもそういうのに対抗して強い男子とか呼んどく?」
「そのうち芹沢のブスに思い知らせようって時には男子が居た方が良いかもね」
例によって誰がどの台詞を喋ったかは重要では無いので割愛する。
そこで4つ目の新しい声が参入してくる。
長身でメガネを掛けたオカッパ頭で冷徹な印象の女生徒だ。沖田に憧れ正規に親衛隊と接触を図り、4人目の親衛隊員として承認された人物。名を野々村 千代美と言い、1年E組の生徒である。
「ねぇ、私にちょっと考えがあるんだけど…」
何か悪い事を企んでいる顔でメガネを光らせながら、千代美は3人に考えを語って聞かせた。
☆
瓢箪岳高校新聞部。
不定期ながらもコンスタントに壁新聞を発表し、学内の情報を生徒達に届けるインテリジェンスクラブである。
その内容は一般紙の様な理性的な論調よりも、スポーツ紙の論調に近く、生徒や教師の失敗談やスキャンダルが多い。掲載された写真の中には明らかにプライバシーの侵害や盗み撮りとすら思える物が少なくない。
正確さや冷静さよりも『面白さ』を追求した姿勢に学校側も頭を痛めているが、生徒達の人気は高く下手に口を出せない状況にあった。
今のこの新聞部の体制を作り上げたのが、現部長で3年生の九条 常定である。
細面のクールなメガネ男子、素の顔は結構なイケメン、成績も学年トップクラスであり密かに女子の人気は高い。
しかし、性格はあまりよろしくない。基本的に自分以外の人間を軽蔑している残念秀才であり、普段の言動も他人への接し方も、傲慢で居丈高な人物だった。
目的の為なら非合法な取材すらも許されると考えており、また自分はそれが許される特別な人間だと勘違いしている男である。加えてやたらメガネを指でクイッとするタイプでもある。
記事書き用のパソコンで文章を打っている九条の正面で、次回の壁新聞のレイアウトを試行錯誤しているのが副部長の2年生、高柳 扶美だ。
彼女は九条に心酔しており、そのお世辞にも正当と言えない取材方針も支持していた。
『マスメディアは権力の監視装置』と捉えており、断罪する側は常に正義の側であると思い込んでいる節がある。
この様にゴシップ紙に成り下がってしまった新聞部を厭い、去年からの部員は半分以上も辞めてしまった。
減った部員のせいで、新聞部は規定の最少人数である5名を割るところであったのだが、そこに入部してきた1年生、いや救世主がいた。
それこそが新聞部期待の星、野々村千代美である。彼女は先程までスマートフォンで書いていた新聞用の記事を、メールフォーマットに乗せて九条のパソコンへと送信していた。
「部ちょ… あ、いや編集長、例の魔法少女なんですが、こんな記事はどうでしょう?」
千代美の声にメールを開いて中身を吟味する九条。その口元が邪悪に歪んでいく。
「…興味深い記事だね。この写真の子は誰なんだい? もしこの記事が衆人の目に触れたら、何の罪も無い彼女が大きくバッシングされるよ?」
「ありがとうございます。写真は1年生の中から例の魔法少女に雰囲気の似ていそうな娘を適当に選びました。目の周りをちょっと修正すれば問題ないかと」
それを聞いて九条の口元の歪みが更に広がる。
九条のパソコン画面には盗み撮りしたつばめのアホ面が映っており、その記事の見出しには
『お騒がせ魔法少女の幼稚なパフォーマンス、そのインチキを暴く!』
と書かれていた。
本日の授業が終わり、生徒達が部活や委員会に散っていく中、蘭の恋路を応援するべくつばめはサッカー部室へと向かう沖田の後ろ姿に声をかけた。
「あのね、サッカー部の人達で沖田くんと同じくらいの身長で、やっぱり沖田くんと同じ感じで茶髪のサラサラヘアーな部員って他に誰がいるかな?」
つばめの突飛な質問にも沖田は動じた様子も無く、にこやかに答えた。
「んー、レギュラーだけでも5人は居るかな? 山田部長でしょ、仁藤先輩でしょ、風間先輩でしょ、龍門渕先輩でしょ、最後に…」
「ちょ、ちょっとタンマ! そんなにたくさんいるの?!」
指を折りつつ楽しそうに数える沖田を慌てて制止するつばめ。この分では……。
「うん。俺みたいな控えも入れれば更に倍くらいいるかも。さすがに全員の名前は覚えきれてないけどさ。で? 何なの? 何かのアンケート?」
「う、うーん、まぁそんな感じかな…? 協力ありがとうね。ちょっとメモするからもう一回言ってもらっていいかな…?」
一応律儀に沖田に言われた10人強の名前を控えながら、つばめは『ゴメン蘭ちゃん、役に立てそうに無いよ… サッカー部を甘く見てたよ…』と内心、己の見立ての甘さを反省しつつ、サッカー部の没個性さにドン引きしていた。
「あいつまた勝手に沖田くんと話してる」
「ホントムカつく、ブスのくせに」
「そろそろまた思い知らせてやった方が良いんじゃないの?」
やや離れた場所で沖田とつばめのやりとりを見つめる女生徒たち。木下望美、武田陽子、和久井倫子のいわゆる『沖田親衛隊』だ。
「でもまたあの新見とかいう奴に見つかると面倒臭いんじゃない?」
「それに新見レスリング部(女子レスリング同好会です)に入ったらしいじゃん。暴力で来られるとヤバイよ?」
「どうする? うちらもそういうのに対抗して強い男子とか呼んどく?」
「そのうち芹沢のブスに思い知らせようって時には男子が居た方が良いかもね」
例によって誰がどの台詞を喋ったかは重要では無いので割愛する。
そこで4つ目の新しい声が参入してくる。
長身でメガネを掛けたオカッパ頭で冷徹な印象の女生徒だ。沖田に憧れ正規に親衛隊と接触を図り、4人目の親衛隊員として承認された人物。名を野々村 千代美と言い、1年E組の生徒である。
「ねぇ、私にちょっと考えがあるんだけど…」
何か悪い事を企んでいる顔でメガネを光らせながら、千代美は3人に考えを語って聞かせた。
☆
瓢箪岳高校新聞部。
不定期ながらもコンスタントに壁新聞を発表し、学内の情報を生徒達に届けるインテリジェンスクラブである。
その内容は一般紙の様な理性的な論調よりも、スポーツ紙の論調に近く、生徒や教師の失敗談やスキャンダルが多い。掲載された写真の中には明らかにプライバシーの侵害や盗み撮りとすら思える物が少なくない。
正確さや冷静さよりも『面白さ』を追求した姿勢に学校側も頭を痛めているが、生徒達の人気は高く下手に口を出せない状況にあった。
今のこの新聞部の体制を作り上げたのが、現部長で3年生の九条 常定である。
細面のクールなメガネ男子、素の顔は結構なイケメン、成績も学年トップクラスであり密かに女子の人気は高い。
しかし、性格はあまりよろしくない。基本的に自分以外の人間を軽蔑している残念秀才であり、普段の言動も他人への接し方も、傲慢で居丈高な人物だった。
目的の為なら非合法な取材すらも許されると考えており、また自分はそれが許される特別な人間だと勘違いしている男である。加えてやたらメガネを指でクイッとするタイプでもある。
記事書き用のパソコンで文章を打っている九条の正面で、次回の壁新聞のレイアウトを試行錯誤しているのが副部長の2年生、高柳 扶美だ。
彼女は九条に心酔しており、そのお世辞にも正当と言えない取材方針も支持していた。
『マスメディアは権力の監視装置』と捉えており、断罪する側は常に正義の側であると思い込んでいる節がある。
この様にゴシップ紙に成り下がってしまった新聞部を厭い、去年からの部員は半分以上も辞めてしまった。
減った部員のせいで、新聞部は規定の最少人数である5名を割るところであったのだが、そこに入部してきた1年生、いや救世主がいた。
それこそが新聞部期待の星、野々村千代美である。彼女は先程までスマートフォンで書いていた新聞用の記事を、メールフォーマットに乗せて九条のパソコンへと送信していた。
「部ちょ… あ、いや編集長、例の魔法少女なんですが、こんな記事はどうでしょう?」
千代美の声にメールを開いて中身を吟味する九条。その口元が邪悪に歪んでいく。
「…興味深い記事だね。この写真の子は誰なんだい? もしこの記事が衆人の目に触れたら、何の罪も無い彼女が大きくバッシングされるよ?」
「ありがとうございます。写真は1年生の中から例の魔法少女に雰囲気の似ていそうな娘を適当に選びました。目の周りをちょっと修正すれば問題ないかと」
それを聞いて九条の口元の歪みが更に広がる。
九条のパソコン画面には盗み撮りしたつばめのアホ面が映っており、その記事の見出しには
『お騒がせ魔法少女の幼稚なパフォーマンス、そのインチキを暴く!』
と書かれていた。