第62話 すぱい
「ねぇ芹沢さん、ちょっと良いかな…?」
昼休みの生徒食堂、お一人様で所在なげにウロウロしていたつばめに蘭は声をかけた。
「あ、増田さん。なぁに? お昼食べながらでも良いかな? 良かったら一緒に食べよ」
いつもは昼食は綿子と共に食べるつばめだが、何やら来週早々に女子レスリングの新人戦が行われる、との事で、綿子は女子レスリング同好会の先輩らと昼から特訓を行っているそうだ。
つばめとしては、綿子の存在は友人としてはもちろん『沖田親衛隊除けのお守り』的な意味も持っていたので、現在1人でいるのはとても心細く感じていた所であった。
そこに良いタイミングで現れた蘭は、つばめには神の使いの如く感じられた。
別に蘭を親衛隊に対しての盾に使おうとしている訳ではない。誰かと一緒に居れば、親衛隊もつばめに対する攻撃を躊躇する可能性が高かろう、という計算の産物である。
もちろん単純に『友人』として蘭と話すのは楽しい。今のつばめにとって蘭の登場は二重の意味で喜ばしい事であった。
そして蘭もただ単に雑談をしようとつばめに近付いた訳ではない。
昨夜の事だ……。
「まずはその仲良くなったという娘と更に親密になって、奴ら各自の能力や個人情報などを色々と聞き出すんじゃ。その娘を捕獲してここに連れて来れれば最高なのじゃが…」
昨夜、繁蔵から与えられた新たな任務がこれだったのだ。
「何言ってんのよ? せっかく出来た友達を悪の組織に売り渡す訳無いでしょ?」
当然ながら抵抗する蘭。しかし、
「…だがな、蘭。もしシン悪川興業の仕事がポシャるようなら、爺ちゃんまた建築員とか警備員のバイトに戻る事になるよ? そしたら生活にも影響出るし、凛の高校だって選択肢が狭まる。この家も手放さなきゃだし、お前だって金のかかる私立高校に通えているのは魔王様のおかげだと言う事を忘れちゃイカンよ?」
「……」
ここまで言われては返す言葉も無い。蘭本人はまだしも、蘭の我儘で妹の凛の進路を閉ざす様な事はあってはならない。床を見つめて唇を噛んだ蘭は「情報を聞くだけだよ…」とだけ呟いて自室へと戻って行った。
「急にゴメンね。誰かと約束してたんじゃないの?」
「ううん、その『誰か』に振られてどうしようか考えてた所だったから、声かけてもらえて良かったよ」
一片の疑いも持っていないつばめの笑顔が蘭には正視できない。心の中で何度も『ゴメンね、ゴメンね…』と念じながら次の言葉を紡ぐ。
「昨日のマジボラの事をもう少し詳しく知りたいなぁ、って思ってさ… 部の先輩達の能力とかも聞いてなかったし…」
なるべく自然な流れで情報を聞き出そうとする蘭。つばめはつばめで蘭がマジボラを軽蔑せずに真面目に受け取ってくれた事がとても嬉しかった。自然と口も軽くなっていく。
「あのね、近藤先輩は『固定』の能力で、身の周りの物だけじゃなくて時間や概念すらも止められる凄い人。久子… 土方先輩は『強化』の能力で、自分や他人の力を何倍にも強める事が出来るの」
驚くほどペラペラとマジボラの個人情報を敵に流して行くつばめ。それだけ蘭を信頼している証であるが、蘭としてはいたたまれない気持ちになってくる。
しかも蘭の制服のボタンには小型マイクが仕込まれており、つばめとのやり取りは直接繁蔵にも送られているのだ。
「あとね、正規の部員じゃなくて助っ人扱いなんだけど、『振動』使いの新見綿子ちゃんとか、学園の王子様の御影くんも『幻術』使いの仲間だよ」
蘭にとって新しい情報が得られた。新見という少女は知らないが、御影は既に有名人だ。『有名人が敵になる』事はすなわち『その有名人の周囲も敵になる』事でもある。特に御影の扱いは要注意であろう。
「そう言えば芹沢さんの能力って聞いてない気がするけど、教えてもらってもいい…?」
「わたしはねぇ、『生命』の力なんだって。怪我とか病気とか治せるんだけど、制約があるんでイマイチ使いにくいっつーか何というか…」
「どういう事…?」
「治せるんだけど、『症状』か『痛み』のどちらかをわたしが引き受けないといけないんだよ。だからまだ大怪我や大病には怖くて使えないの…」
「『治す力』…」
もし蘭がトラックに轢かれて骨折した時にその場につばめが居たら、あんな事を言いつつもきっとこの娘は後先考えずに骨折を治そうとしただろう。
そうして出会った蘭とつばめは、一切の雑念の入り込む余地無く親友として末長く付き合っていけたに違いない。
『恐怖のエナジー』を必要とする今の生活の前につばめと出会えていたら… 蘭は考えても栓の無い事を考え込んでしまう。
「キャーッ!!」
若い女性の叫び声が蘭の意識を現実に戻した。どうやら校庭の方で事件が起きた様である。
つばめと蘭は互いに見合って頷きあう。きっとマジボラの出番だ。
昼休みの生徒食堂、お一人様で所在なげにウロウロしていたつばめに蘭は声をかけた。
「あ、増田さん。なぁに? お昼食べながらでも良いかな? 良かったら一緒に食べよ」
いつもは昼食は綿子と共に食べるつばめだが、何やら来週早々に女子レスリングの新人戦が行われる、との事で、綿子は女子レスリング同好会の先輩らと昼から特訓を行っているそうだ。
つばめとしては、綿子の存在は友人としてはもちろん『沖田親衛隊除けのお守り』的な意味も持っていたので、現在1人でいるのはとても心細く感じていた所であった。
そこに良いタイミングで現れた蘭は、つばめには神の使いの如く感じられた。
別に蘭を親衛隊に対しての盾に使おうとしている訳ではない。誰かと一緒に居れば、親衛隊もつばめに対する攻撃を躊躇する可能性が高かろう、という計算の産物である。
もちろん単純に『友人』として蘭と話すのは楽しい。今のつばめにとって蘭の登場は二重の意味で喜ばしい事であった。
そして蘭もただ単に雑談をしようとつばめに近付いた訳ではない。
昨夜の事だ……。
「まずはその仲良くなったという娘と更に親密になって、奴ら各自の能力や個人情報などを色々と聞き出すんじゃ。その娘を捕獲してここに連れて来れれば最高なのじゃが…」
昨夜、繁蔵から与えられた新たな任務がこれだったのだ。
「何言ってんのよ? せっかく出来た友達を悪の組織に売り渡す訳無いでしょ?」
当然ながら抵抗する蘭。しかし、
「…だがな、蘭。もしシン悪川興業の仕事がポシャるようなら、爺ちゃんまた建築員とか警備員のバイトに戻る事になるよ? そしたら生活にも影響出るし、凛の高校だって選択肢が狭まる。この家も手放さなきゃだし、お前だって金のかかる私立高校に通えているのは魔王様のおかげだと言う事を忘れちゃイカンよ?」
「……」
ここまで言われては返す言葉も無い。蘭本人はまだしも、蘭の我儘で妹の凛の進路を閉ざす様な事はあってはならない。床を見つめて唇を噛んだ蘭は「情報を聞くだけだよ…」とだけ呟いて自室へと戻って行った。
「急にゴメンね。誰かと約束してたんじゃないの?」
「ううん、その『誰か』に振られてどうしようか考えてた所だったから、声かけてもらえて良かったよ」
一片の疑いも持っていないつばめの笑顔が蘭には正視できない。心の中で何度も『ゴメンね、ゴメンね…』と念じながら次の言葉を紡ぐ。
「昨日のマジボラの事をもう少し詳しく知りたいなぁ、って思ってさ… 部の先輩達の能力とかも聞いてなかったし…」
なるべく自然な流れで情報を聞き出そうとする蘭。つばめはつばめで蘭がマジボラを軽蔑せずに真面目に受け取ってくれた事がとても嬉しかった。自然と口も軽くなっていく。
「あのね、近藤先輩は『固定』の能力で、身の周りの物だけじゃなくて時間や概念すらも止められる凄い人。久子… 土方先輩は『強化』の能力で、自分や他人の力を何倍にも強める事が出来るの」
驚くほどペラペラとマジボラの個人情報を敵に流して行くつばめ。それだけ蘭を信頼している証であるが、蘭としてはいたたまれない気持ちになってくる。
しかも蘭の制服のボタンには小型マイクが仕込まれており、つばめとのやり取りは直接繁蔵にも送られているのだ。
「あとね、正規の部員じゃなくて助っ人扱いなんだけど、『振動』使いの新見綿子ちゃんとか、学園の王子様の御影くんも『幻術』使いの仲間だよ」
蘭にとって新しい情報が得られた。新見という少女は知らないが、御影は既に有名人だ。『有名人が敵になる』事はすなわち『その有名人の周囲も敵になる』事でもある。特に御影の扱いは要注意であろう。
「そう言えば芹沢さんの能力って聞いてない気がするけど、教えてもらってもいい…?」
「わたしはねぇ、『生命』の力なんだって。怪我とか病気とか治せるんだけど、制約があるんでイマイチ使いにくいっつーか何というか…」
「どういう事…?」
「治せるんだけど、『症状』か『痛み』のどちらかをわたしが引き受けないといけないんだよ。だからまだ大怪我や大病には怖くて使えないの…」
「『治す力』…」
もし蘭がトラックに轢かれて骨折した時にその場につばめが居たら、あんな事を言いつつもきっとこの娘は後先考えずに骨折を治そうとしただろう。
そうして出会った蘭とつばめは、一切の雑念の入り込む余地無く親友として末長く付き合っていけたに違いない。
『恐怖のエナジー』を必要とする今の生活の前につばめと出会えていたら… 蘭は考えても栓の無い事を考え込んでしまう。
「キャーッ!!」
若い女性の叫び声が蘭の意識を現実に戻した。どうやら校庭の方で事件が起きた様である。
つばめと蘭は互いに見合って頷きあう。きっとマジボラの出番だ。