第30話 れいじん
さて3日目である。本日の学校行事は3、4時間目を使用して全校生徒の身長や体重の測定の他、前屈や背筋、握力等の体力測定も同時に行われるらしい。
「時間になったら女子は全員体育館に移動、男子は視聴覚室でクラスごとに順番に測定を行うから、体操着に着替えて別途指示があるまで待機な」
朝のホームルームで担任の佐藤教諭がC組の生徒に説明する。
我らが芹沢つばめは、そんな教諭の声を廊下に起立したまま聞いていた。
今日のつばめは昨日や一昨日よりも若干早めに家を出ている。本日分の暴走ドライバーも無事にやり過ごした。それでもつばめは遅刻した。これまでの様に遅刻ギリギリセーフでは無くてガチの遅刻だった。
つばめは沖田を待っていた、2人の『いつもの場所』で。また彼との逢瀬と密かな共闘を心待ちにしていたのだ。
つばめだけが知る沖田との秘密、2人っきりになれる大事な時間、幸せな時間……。
果たして沖田は来なかった。既に沖田はつばめに見切りをつけていた… という訳ではなく、昨日つばめの勧めで入部したサッカー部が早速早朝練習を始めた為に、沖田は早起きして朝練に参加していたのだ。
そんな事を知る由もないつばめ。遅刻を告げる学校のチャイムの鳴り響く中、悲嘆に暮れて教室に入り、佐藤教諭に「少し立ってろ」と叱られた次第である。
『沖田くん、朝練とかあるなら教えてくれてれば遅刻なんてしなかったのにな…… って言うか連絡先交換してないわ!』
現代っ子にあるまじき『しくじり』に歯噛みするつばめ。どうにも沖田とは忙しない別れ際になる運命にある様で、連絡先を交わすタイミングが取れずにいたのだ。
身体測定は3時間目から行われる、つまり2時間目終了後の休み時間は移動や着替えに取られる為に自由に動けない。
つばめに与えられたチャンスは1時間目終了後の休み時間のみである。
つばめは暗闇の中、獲物に忍び寄る肉食獣の様に身を潜め時を待つ。1時間目が終わるまでの数十分が、まるで数日待たされたかの様に感じたものである。
1時間目の終了チャイムが鳴る。ゼロコンマの世界で立ち上がり沖田に向かおうとするつばめ。しかしその目の前には、既に綿子が立っていた。
「ねーねー、つばめっちー。昨日はどうだった? あたしはねー…」
最速のつばめの先を取る、綿子のまるで忍者の様な唐突な現れ方に度肝を抜かれ絶句するつばめ。だがしかし今は綿子になど構っている暇は無いのだ。今は綿子を無視してでも沖田に取り付き連絡先を……。
つばめは沖田に視線を巡らせると更に信じがたいものを見る。昨日つばめに絡んできた女子3人組が、既に沖田を取り巻いていたのだ。
つばめの立ち上がる挙動からここまで、わずか5秒に満たない時間しか経っていない。
何と言う刹那の攻防であろうか? 欲望に身を委ねた女子高生の行動力と破壊力をまざまざと見せつけられ、愕然とするつばめだった。
今から沖田に話しかけると、またあの3人組から呼び出しをくらう可能性がある。まぁそんな物が来た所で、この2日間揉まれに揉まれた今のつばめには平気の平左なのだが、やはり将来に禍根を残す様な真似は慎むべきと自制した。
つばめの心中に睦美と不二子の関係が思い浮かんだのは偶然では無いだろう。
とりあえず今は沖田を諦めて、ため息をつきながら再度座席に座るつばめ。綿子がなにやら自分の事をまくし立てているが、興味の無いつばめの頭には全く内容は入ってこない。
「マジ?」とか「そうなんだー」とか「いいねー」とか「ウケるー」とか適当にルーチンで答えているが、不思議な事に綿子との会話は成立している模様である。
そこでつばめの耳が偶然拾った声は、綿子の益体もない話と違いつばめの興味を引いた。
「ねぇねぇ御影くん、後で体育館一緒に行こうよ」
「あぁ、良いとも」
とのやり取りが聞こえたのだ。
『御影くん』とはC組クラスメイトのイケメン御影 薫の事であろう、それは分かる。
つばめのターゲットは沖田であるが、別に他のイケメンが嫌いな訳ではない。たとえ好きな男が居ても『愛でる対象』としてのイケメンは大歓迎だ。
ただ少し、つばめのストライクゾーンから外れている、と言うだけの話だ。
沖田が密閉された室内でもそよ風を吹かせて、サラサラな前髪をなびかせるイケメンだとしたら、御影は瞳にたくさんの星を持ち、話す度に背景にバラを咲かせる様なイケメン、いや『麗人』なのだ。
櫛を通していない様にも思えるボサボサなクセの強い髪型も、昔の少女漫画で良く見る構図だった。
年代的につばめの母親世代なら惹かれる要素が多いだろうが、つばめ世代には『ちょっと濃いかな?』と思われるかも知れない。
まぁそれは良い。御影の属性は今はあまり重要では無い。先程の佐藤教諭の話が嘘でなければ、あるいはつばめの聞き間違いで無ければ、体育館は女子の身体測定の場である。
そこで着替えたりもするし、体重や胸囲を測ったりもする。そんな場所になぜイケメンとは言え男子を連れ込もうとするのだ?
綿子の話を聞き流しながら、つばめは訝しげに声のした方に目を向ける。
沖田チームとは別の女子3人組が、御影に群がり色々と話をしようとしていた。
御影薫、確かに美しい顔つきをしている。つばめの趣味では無いが、お茶や買い物を共にすれば道行く女性たちの注目は浴びるだろう。
『でも仮にイケメンでも女子の身体測定に乱入するのはダメでしょう?』
つばめは思う。周りの女子らも一体何を考えて御影を誘おうとしたのか…?
『けしからん』という気持ちで御影を眺めるつばめ。
制服である煉瓦色のブレザーも、まるでファッションモデルの様にとても似合っている。
ブレザーを纏う長身の御影の細身の体から、植物の蔓の様にしなやかに生える手と指も細くて美しい。
その細く長く、関節など無いかのようにスラッとした脚が、タータンチェック模様の濃緑色のスカートから伸びていた。
『あ、女の子だったのね…』
御影薫、学年でも1、2を争うイケメン(女子)である。
「時間になったら女子は全員体育館に移動、男子は視聴覚室でクラスごとに順番に測定を行うから、体操着に着替えて別途指示があるまで待機な」
朝のホームルームで担任の佐藤教諭がC組の生徒に説明する。
我らが芹沢つばめは、そんな教諭の声を廊下に起立したまま聞いていた。
今日のつばめは昨日や一昨日よりも若干早めに家を出ている。本日分の暴走ドライバーも無事にやり過ごした。それでもつばめは遅刻した。これまでの様に遅刻ギリギリセーフでは無くてガチの遅刻だった。
つばめは沖田を待っていた、2人の『いつもの場所』で。また彼との逢瀬と密かな共闘を心待ちにしていたのだ。
つばめだけが知る沖田との秘密、2人っきりになれる大事な時間、幸せな時間……。
果たして沖田は来なかった。既に沖田はつばめに見切りをつけていた… という訳ではなく、昨日つばめの勧めで入部したサッカー部が早速早朝練習を始めた為に、沖田は早起きして朝練に参加していたのだ。
そんな事を知る由もないつばめ。遅刻を告げる学校のチャイムの鳴り響く中、悲嘆に暮れて教室に入り、佐藤教諭に「少し立ってろ」と叱られた次第である。
『沖田くん、朝練とかあるなら教えてくれてれば遅刻なんてしなかったのにな…… って言うか連絡先交換してないわ!』
現代っ子にあるまじき『しくじり』に歯噛みするつばめ。どうにも沖田とは忙しない別れ際になる運命にある様で、連絡先を交わすタイミングが取れずにいたのだ。
身体測定は3時間目から行われる、つまり2時間目終了後の休み時間は移動や着替えに取られる為に自由に動けない。
つばめに与えられたチャンスは1時間目終了後の休み時間のみである。
つばめは暗闇の中、獲物に忍び寄る肉食獣の様に身を潜め時を待つ。1時間目が終わるまでの数十分が、まるで数日待たされたかの様に感じたものである。
1時間目の終了チャイムが鳴る。ゼロコンマの世界で立ち上がり沖田に向かおうとするつばめ。しかしその目の前には、既に綿子が立っていた。
「ねーねー、つばめっちー。昨日はどうだった? あたしはねー…」
最速のつばめの先を取る、綿子のまるで忍者の様な唐突な現れ方に度肝を抜かれ絶句するつばめ。だがしかし今は綿子になど構っている暇は無いのだ。今は綿子を無視してでも沖田に取り付き連絡先を……。
つばめは沖田に視線を巡らせると更に信じがたいものを見る。昨日つばめに絡んできた女子3人組が、既に沖田を取り巻いていたのだ。
つばめの立ち上がる挙動からここまで、わずか5秒に満たない時間しか経っていない。
何と言う刹那の攻防であろうか? 欲望に身を委ねた女子高生の行動力と破壊力をまざまざと見せつけられ、愕然とするつばめだった。
今から沖田に話しかけると、またあの3人組から呼び出しをくらう可能性がある。まぁそんな物が来た所で、この2日間揉まれに揉まれた今のつばめには平気の平左なのだが、やはり将来に禍根を残す様な真似は慎むべきと自制した。
つばめの心中に睦美と不二子の関係が思い浮かんだのは偶然では無いだろう。
とりあえず今は沖田を諦めて、ため息をつきながら再度座席に座るつばめ。綿子がなにやら自分の事をまくし立てているが、興味の無いつばめの頭には全く内容は入ってこない。
「マジ?」とか「そうなんだー」とか「いいねー」とか「ウケるー」とか適当にルーチンで答えているが、不思議な事に綿子との会話は成立している模様である。
そこでつばめの耳が偶然拾った声は、綿子の益体もない話と違いつばめの興味を引いた。
「ねぇねぇ御影くん、後で体育館一緒に行こうよ」
「あぁ、良いとも」
とのやり取りが聞こえたのだ。
『御影くん』とはC組クラスメイトのイケメン御影 薫の事であろう、それは分かる。
つばめのターゲットは沖田であるが、別に他のイケメンが嫌いな訳ではない。たとえ好きな男が居ても『愛でる対象』としてのイケメンは大歓迎だ。
ただ少し、つばめのストライクゾーンから外れている、と言うだけの話だ。
沖田が密閉された室内でもそよ風を吹かせて、サラサラな前髪をなびかせるイケメンだとしたら、御影は瞳にたくさんの星を持ち、話す度に背景にバラを咲かせる様なイケメン、いや『麗人』なのだ。
櫛を通していない様にも思えるボサボサなクセの強い髪型も、昔の少女漫画で良く見る構図だった。
年代的につばめの母親世代なら惹かれる要素が多いだろうが、つばめ世代には『ちょっと濃いかな?』と思われるかも知れない。
まぁそれは良い。御影の属性は今はあまり重要では無い。先程の佐藤教諭の話が嘘でなければ、あるいはつばめの聞き間違いで無ければ、体育館は女子の身体測定の場である。
そこで着替えたりもするし、体重や胸囲を測ったりもする。そんな場所になぜイケメンとは言え男子を連れ込もうとするのだ?
綿子の話を聞き流しながら、つばめは訝しげに声のした方に目を向ける。
沖田チームとは別の女子3人組が、御影に群がり色々と話をしようとしていた。
御影薫、確かに美しい顔つきをしている。つばめの趣味では無いが、お茶や買い物を共にすれば道行く女性たちの注目は浴びるだろう。
『でも仮にイケメンでも女子の身体測定に乱入するのはダメでしょう?』
つばめは思う。周りの女子らも一体何を考えて御影を誘おうとしたのか…?
『けしからん』という気持ちで御影を眺めるつばめ。
制服である煉瓦色のブレザーも、まるでファッションモデルの様にとても似合っている。
ブレザーを纏う長身の御影の細身の体から、植物の蔓の様にしなやかに生える手と指も細くて美しい。
その細く長く、関節など無いかのようにスラッとした脚が、タータンチェック模様の濃緑色のスカートから伸びていた。
『あ、女の子だったのね…』
御影薫、学年でも1、2を争うイケメン(女子)である。