第18話 ふたり
悪夢の様な3人組からの攻撃を綿子の助力で退けたつばめ、とりあえず綿子と2人で昼食を摂る。
弁当を持たないつばめは購買部で売れ残った『シャケサンド』なる人気の無い惣菜パンを頬張っていた。
3人組に誘われた時も、まず先に食料の確保に向かいたかったのだが、教室を出て後の3人組の態度が急に硬化して、逃げ出せないフォーメーションを組まれてしまっていたのだ。
芹沢家では余程の事が無い限り弁当は作らない。昨日の夕飯はほぼ残る事は無いし、朝になってから別途(妹のかごめが)作るのは時間的にも厳しい物がある。
という事で給食のあるかごめを除き、家族の昼食は専らコンビニや学校の購買部で買った物になるのだ。
「でも何でつばめっちは入学初日から部活決まってたの? 昨日は2、3年生居なかったのに…」
助けてもらったお礼にとつばめに奢ってもらった、紙パックのオレンジジュースを飲みながら綿子が尋ねる。もはや『つばめっち』という呼称は綿子の中では確定らしい。
まぁここで文句を言っても、ほぼ確実に「じゃあ『ばめ』と『めっち』のどっちが良い?」という話になりそうなので、外国のマイナースポーツ選手みたいな呼ばれ方をする位なら、まだ『つばめっち』の方が愛称と分かるぶん比較的まともだと判断し、つばめは敢えてそれに触れなかった。
「うーん、昨日登校中に車に轢かれそうになったのを、同好会の先輩に助けてもらったんだよ。その同好会に入る事を条件にね」
つばめの言葉に綿子も目を丸くする。
「え? 何でそんなにスリリングな人生送ってんの? まるで漫画みたいだね」
「うにゅぅ〜 わたしだって今までは普通の生活してたんだよぉ。何か昨日から急に人生のターボが掛かったみたいな感じでさぁ…」
「そっかぁ、楽しそうだけど代わりたくはない人生送ってるんだねぇ」
「あ! そろそろ時間だ、ゴメンわたし行くね。今日は助けてくれてありがとうね」
綿子の明け透けな物言いに若干苛つきながらも感謝の言葉は忘れないつばめ。
「オッケー! こちらこそジュースありがとう。またね」
綿子の声を背中に、沖田と待ち合わせた教室へ向かうつばめ。
沖田は既に教室で待っていた。先程の3人組の姿は見えない。さすがにさっきの今でつばめらの前には顔を見せられないのかも知れない。
「ごめんね、待たせちゃった?」
合流し、部活長屋の方へ向かう。校庭では既に各クラブによる新入生争奪戦が始まっており、賑やかな声があちらこちらから響いていた。
「いいや、全然。それで蝉沢さんはどこのクラブに入る予定なの?」
いや誰?! 自分から誘っておいて名前も禄に覚えてないとかあり得なくない?
沖田のボケなのかバカなのか判断がつかないまま心でツッコむつばめ。
「あ、あの、名前覚えづらかったら『つばめ』でいいよ…?」
ついでに相手を気遣う振りをして、ドサクサに紛れて関係性を一歩進めようとする。
「え? ああゴメン。俺昔から人の名前覚えるの苦手でさぁ、それじゃ遠慮なく『つばめちゃん』て呼ばせてもらうよ」
申し訳なさそうに微笑む沖田、一方作戦がどハマりして関係進展に成功したつばめも心でガッツポーズを決める。
「あの、わたしは既に入る所が決まっているの。だから今日は沖田くんの見学に付き合おうかな? と思って…」
「そうなの? 俺も漠然とスポーツ系にしようかな? ってくらいにしか考えてなくて。瓢箪岳高校はスポーツ万能校だから目移りしちゃってさ…」
沖田は爽やかな外見を裏切らず、スポーツ系の部活志望らしい。つばめとはわずか2日の付き合いだが、沖田に好意を抱いているつばめですら『頭使う系の部活は向いて無いんじゃ?』と理解していた。
「まぁ俺も候補としてはテニス部、野球部、サッカー部辺りかなぁ? って思ってるんだけど、つばめちゃんは何が良いと思う?」
テニスをする沖田、野球をする沖田、サッカーをする沖田。想像するにどれもカッコイイ。自らの夢想にうっとりするつばめ。
「あれ? でも沖田くんは中学の時に部活は何をしていたの? 同じ物をした方が良いんじゃないの?」
「うーん、中学まではセパタクローをやってたんだけど、新しい事に挑戦したくなってねぇ…」
セパなんとかって何…? セパタクローを知らないつばめは困惑する。昨日担任からもらった部活紹介の冊子には、セパタクロー部なる物は瓢箪岳高校には無いはずだ。
実はつばめにも計算がある。マジボラに入る約束はしたが、いつまで活動するとは約束していない。可能になり次第早急にマジボラは退会し、あわよくば沖田と同じ部活に入ろうと目論んでいたのだ。
沖田の挙げた候補から展開を想像してみる、前述の様に瓢箪岳高校のスポーツレベルは高い。取り立てて運動に秀でていないつばめが選手として活躍するのは極めて困難だろう。
そんな訳でテニス部は却下だ。お荷物扱いされて『役立たず』と追放されるのは目に見えている。
次は野球部だが、マネージャーとしてなら沖田と共に高みを目指す活動が出来るだろう。しかし、つばめは野球のルールをほとんど知らない。投げて打って取って誰が勝ちになるのか分からない。
しかも野球部は全員坊主頭だ。せっかくの沖田のサラサラヘアーをむざむざ坊主頭にする事は美に対する冒涜ではないか? とつばめは思う。野球も駄目だ。
残るサッカー部だが、サッカーならつばめにもルールは大体分かるし、坊主頭にしなくても良いし、女子マネージャーにもバッチリ居場所がある。
これしか無いではないか。
「あ、あのね、わたし沖田くんにはサッカーが合ってると思うな。ボールを追ってグラウンドを走る沖田くんを見てみたい!」
目を輝かせて沖田に迫るつばめ。
「あー、まぁ野球もテニスもボールを追いかけて走るんだけどね。でもまぁそういう事ならサッカー部にしようかな…?」
つばめの提案を受け入れてサッカー部への入部に大きく傾く沖田。策が成功してまたも密かにガッツポーズのつばめ。
「活躍する沖田くん、今から楽しみだよ!」
沖田と目を合わせ微笑み合う2人。凄くいい雰囲気だ。
このまま一気に告白してしまうか? いやいや、やはり告白は男子の方からして欲しい。もう少し深く知り合って、お互いに好きを深めてから……。
幸せな時間。今はまだ2人の関係は始まったばかり、将来的には良くない事も起きるだろう。それでもつばめは目の前の沖田という男に運命を感じていた。
『この人となら何があっても…』
見つめ合う2人。沖田の全てをこの目に収めたい。瞬きする時間すらも勿体無い。ずっと彼を見つめていたい……。
いや… これは違う。瞬きすら勿体無いでは無く『瞬き出来ない』ぞ…?
ふと何者かの視線を感じて、つばめはその視線を確認する。
つばめが見た物、それはつばめ達を冷ややかに見つめる睦美の得も言われぬ微笑みだった。
弁当を持たないつばめは購買部で売れ残った『シャケサンド』なる人気の無い惣菜パンを頬張っていた。
3人組に誘われた時も、まず先に食料の確保に向かいたかったのだが、教室を出て後の3人組の態度が急に硬化して、逃げ出せないフォーメーションを組まれてしまっていたのだ。
芹沢家では余程の事が無い限り弁当は作らない。昨日の夕飯はほぼ残る事は無いし、朝になってから別途(妹のかごめが)作るのは時間的にも厳しい物がある。
という事で給食のあるかごめを除き、家族の昼食は専らコンビニや学校の購買部で買った物になるのだ。
「でも何でつばめっちは入学初日から部活決まってたの? 昨日は2、3年生居なかったのに…」
助けてもらったお礼にとつばめに奢ってもらった、紙パックのオレンジジュースを飲みながら綿子が尋ねる。もはや『つばめっち』という呼称は綿子の中では確定らしい。
まぁここで文句を言っても、ほぼ確実に「じゃあ『ばめ』と『めっち』のどっちが良い?」という話になりそうなので、外国のマイナースポーツ選手みたいな呼ばれ方をする位なら、まだ『つばめっち』の方が愛称と分かるぶん比較的まともだと判断し、つばめは敢えてそれに触れなかった。
「うーん、昨日登校中に車に轢かれそうになったのを、同好会の先輩に助けてもらったんだよ。その同好会に入る事を条件にね」
つばめの言葉に綿子も目を丸くする。
「え? 何でそんなにスリリングな人生送ってんの? まるで漫画みたいだね」
「うにゅぅ〜 わたしだって今までは普通の生活してたんだよぉ。何か昨日から急に人生のターボが掛かったみたいな感じでさぁ…」
「そっかぁ、楽しそうだけど代わりたくはない人生送ってるんだねぇ」
「あ! そろそろ時間だ、ゴメンわたし行くね。今日は助けてくれてありがとうね」
綿子の明け透けな物言いに若干苛つきながらも感謝の言葉は忘れないつばめ。
「オッケー! こちらこそジュースありがとう。またね」
綿子の声を背中に、沖田と待ち合わせた教室へ向かうつばめ。
沖田は既に教室で待っていた。先程の3人組の姿は見えない。さすがにさっきの今でつばめらの前には顔を見せられないのかも知れない。
「ごめんね、待たせちゃった?」
合流し、部活長屋の方へ向かう。校庭では既に各クラブによる新入生争奪戦が始まっており、賑やかな声があちらこちらから響いていた。
「いいや、全然。それで蝉沢さんはどこのクラブに入る予定なの?」
いや誰?! 自分から誘っておいて名前も禄に覚えてないとかあり得なくない?
沖田のボケなのかバカなのか判断がつかないまま心でツッコむつばめ。
「あ、あの、名前覚えづらかったら『つばめ』でいいよ…?」
ついでに相手を気遣う振りをして、ドサクサに紛れて関係性を一歩進めようとする。
「え? ああゴメン。俺昔から人の名前覚えるの苦手でさぁ、それじゃ遠慮なく『つばめちゃん』て呼ばせてもらうよ」
申し訳なさそうに微笑む沖田、一方作戦がどハマりして関係進展に成功したつばめも心でガッツポーズを決める。
「あの、わたしは既に入る所が決まっているの。だから今日は沖田くんの見学に付き合おうかな? と思って…」
「そうなの? 俺も漠然とスポーツ系にしようかな? ってくらいにしか考えてなくて。瓢箪岳高校はスポーツ万能校だから目移りしちゃってさ…」
沖田は爽やかな外見を裏切らず、スポーツ系の部活志望らしい。つばめとはわずか2日の付き合いだが、沖田に好意を抱いているつばめですら『頭使う系の部活は向いて無いんじゃ?』と理解していた。
「まぁ俺も候補としてはテニス部、野球部、サッカー部辺りかなぁ? って思ってるんだけど、つばめちゃんは何が良いと思う?」
テニスをする沖田、野球をする沖田、サッカーをする沖田。想像するにどれもカッコイイ。自らの夢想にうっとりするつばめ。
「あれ? でも沖田くんは中学の時に部活は何をしていたの? 同じ物をした方が良いんじゃないの?」
「うーん、中学まではセパタクローをやってたんだけど、新しい事に挑戦したくなってねぇ…」
セパなんとかって何…? セパタクローを知らないつばめは困惑する。昨日担任からもらった部活紹介の冊子には、セパタクロー部なる物は瓢箪岳高校には無いはずだ。
実はつばめにも計算がある。マジボラに入る約束はしたが、いつまで活動するとは約束していない。可能になり次第早急にマジボラは退会し、あわよくば沖田と同じ部活に入ろうと目論んでいたのだ。
沖田の挙げた候補から展開を想像してみる、前述の様に瓢箪岳高校のスポーツレベルは高い。取り立てて運動に秀でていないつばめが選手として活躍するのは極めて困難だろう。
そんな訳でテニス部は却下だ。お荷物扱いされて『役立たず』と追放されるのは目に見えている。
次は野球部だが、マネージャーとしてなら沖田と共に高みを目指す活動が出来るだろう。しかし、つばめは野球のルールをほとんど知らない。投げて打って取って誰が勝ちになるのか分からない。
しかも野球部は全員坊主頭だ。せっかくの沖田のサラサラヘアーをむざむざ坊主頭にする事は美に対する冒涜ではないか? とつばめは思う。野球も駄目だ。
残るサッカー部だが、サッカーならつばめにもルールは大体分かるし、坊主頭にしなくても良いし、女子マネージャーにもバッチリ居場所がある。
これしか無いではないか。
「あ、あのね、わたし沖田くんにはサッカーが合ってると思うな。ボールを追ってグラウンドを走る沖田くんを見てみたい!」
目を輝かせて沖田に迫るつばめ。
「あー、まぁ野球もテニスもボールを追いかけて走るんだけどね。でもまぁそういう事ならサッカー部にしようかな…?」
つばめの提案を受け入れてサッカー部への入部に大きく傾く沖田。策が成功してまたも密かにガッツポーズのつばめ。
「活躍する沖田くん、今から楽しみだよ!」
沖田と目を合わせ微笑み合う2人。凄くいい雰囲気だ。
このまま一気に告白してしまうか? いやいや、やはり告白は男子の方からして欲しい。もう少し深く知り合って、お互いに好きを深めてから……。
幸せな時間。今はまだ2人の関係は始まったばかり、将来的には良くない事も起きるだろう。それでもつばめは目の前の沖田という男に運命を感じていた。
『この人となら何があっても…』
見つめ合う2人。沖田の全てをこの目に収めたい。瞬きする時間すらも勿体無い。ずっと彼を見つめていたい……。
いや… これは違う。瞬きすら勿体無いでは無く『瞬き出来ない』ぞ…?
ふと何者かの視線を感じて、つばめはその視線を確認する。
つばめが見た物、それはつばめ達を冷ややかに見つめる睦美の得も言われぬ微笑みだった。