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作者: 円宮模人
少女と相棒と手に入れた新天地
黒曜樹海こくようじゅかい 資源採取戦指定区域 仮設根拠地内整備施設

 戦域復帰後、アオイとソウはすぐさまトモエに連絡を取った。至急に補修が手配され、仮根拠地で補修を受けた両機は、自機のコンディションを確認していた。

 アオイとソウはコックピット内で、トモエは仮根拠地で機体情報を確認している。画面に見つめるトモエへイナビシのチサトから通信が入った。その指示内容を聞きトモエは顔を曇らせる。

 トモエは、しばらく考え込むように腕組みをした後にインカムをオンにした。

「アオイ、ソウ。イナビシからの次の指令を送る」

 戦場マップが各人のモニターに映される。マップには防衛予定地点へ向かう六つの矢印が引かれていた。つまり、人戦機六機が侵攻しようしていた。

 ソウが眉をひそめる。

「オレたちでこの数を相手ですか。援軍は?」
「来ない。今回は近くに合同作戦が可能な会社がいないため、うちだけで対応する」
「このままでは勝算が薄いと推測します。何か策が?」
「イナビシからの提案は、近くの未退去設備を盾にした抗戦だ。対象を転送する」

 モニターに見覚えのある設備が映し出される。それを見てアオイとソウの表情が曇る。映し出されたのはヒノミヤの設備だった。

 アオイとソウは、イナビシが提案する作戦の意味を理解する。

「どうして!?」

 アオイが悲痛な声を上げた。

「あの設備が壊れるとまずいって、ヒノミヤさんたちが言っていたじゃないですか!」
「慣習として、資源採取戦闘区域に残っている民間業者に対する防衛義務はない。民間業者を装った妨害工作が過去に多発したからな。だから、イナビシとうちの利益を考えれば、イナビシ側の提案はごく真っ当なものだ」
「だからって」

 一方のトモエは無表情のままだった。襟元の社章バッチを触りながら、淡々とした口調が通信に乗る。

「反対には対案を。うちとイナビシの両方の利益につながるものを提示しろ」

 冷静に考えればトモエの言うことは当然だった。自分の未熟さを恥じて下を向くアオイの耳に、ソウの声が聞こえた。

「オレが突っ込みます。アオイの援護があれば――」

 ソウと思いを同じくしている事に、アオイの胸が熱くなる。だが、アオイは首を振って表情を冷静なものに改めた。

「それはダメだよ。ソウの腕でも無茶だ。それに防衛地点を離れ過ぎるのはリスクだらけだ。チドリさんが受け入れるとは思えない」

 アオイの反論に、ソウが眉を上げる。

「だが、あの二人の夢が――」
「それでも相棒の無茶は、止めなきゃいけない」
「見捨てると言うのか?」
「いや。考えがあるんだ」

 アオイがトモエの通信用ミニウィンドウを見つめた。

「敵機行軍中に、手榴弾による遠距離爆撃を仕掛けます」
「防衛対象付近からの投擲ならば、リスクを増やすことなく早期に敵勢力を無力化できるかも知れんな。確かにうちとイナビシの双方のメリットになる」

 ソウとアオイの顔が一瞬ほころぶ。しかし、トモエは表情を崩さなかった。

「だが、アオイ。お前の策はそれだけか? それだけで倒せるとは楽観が過ぎる。どこで仕掛けるつもりなんだ?」
「えっと。そこまでは……」

 言いよどむアオイを手助けするように、ソウが声を上げた。

「提案があります。敵侵攻予測ルートに、大量の攻性獣と交戦した地点があります」
「……続けろ」
「そこには大量の屍食蝶ししょくちょうがいるはずです。そこを手榴弾で爆撃すれば、攻性獣を敵部隊へ誘導できるはず」
「ほう。アオイがやったことを応用すると言うのか」
「そうです」

 それを聞いてトモエはにやりと笑う。

「正解だ。ソウ、アオイ。変わったな」
「え? どういうことですか?」
「発言の意図が不明ですが」
「いや、なんでもない」

 トモエはすぐにチサトへ作戦を提案すると、チサトは眉をひそめた。

「サクラダさん。確かに魅力的ですが、本当に可能ですか? とても若手操縦士にはできるとは思えませんが」
「できます。私が保証します」

 その言葉を聞いてチサトは微笑む。困惑気味だった口調をりんとしたものに改めた。

「採用します。その作戦なら、私の提案よりも早期に敵を無力化できるため、弊社の利益を最大化できるでしょう。敵が侵攻予測ルートを通る確率はきわめて高いと算出されていますので、実現性も十分です」
「ありがとうございます」

 トモエは、すぐさま通信先を切り替える。

「ソウ、アオイ。至急に主戦闘兵装へ換装。加えてありったけの手榴弾を準備しろ」
「了解です」
「了解」

 息をつくトモエへ通信が入る。送信主はアオイだった。

「トモエさん、ありがとうございます」
「なにがだ」
「ヒノミヤさんたちのこと考えてくれていたんですね」
「見捨てようとしたのかも知れないぞ?」
「正解だ、って言ったじゃないですか。回答が無いとそんな事を言わないですよね」

 トモエは一瞬驚き、照れくさそうにはにかんだ。

「……早く行ってこい」
「じゃあ、準備してきます」
「ああ、頼りにしているぞ」

 その言葉を聞いたアオイは、一瞬キョトンとした顔をした。だが、すぐに表情を引き締めて気合一杯に答える。

「了解!」

 通信終了後、ニヤリと笑ったトモエはチサト宛の回線を開く。

「チドリさん。部下を信じてくれてありがとうございます。最初はあんな事を言ったのに」
「トモエさんの言うことを疑うはずないじゃないですか」
「チドリさん……」

 下の名前を呼ばれ、トモエは苦笑した。その様子を見たチサトが微笑む。

「いいじゃないですか。今は二人しかいませんし。昔みたいにチサトでいいですよ」
「分かったよ、チサト。今の間だけな。いつまで昔のつもりだ?」
「トモエさんに敬語を使われると、落ち着かなくて」

 やれやれとトモエが肩をすくめる。チサトは微笑みながら話を進めた。

「戦闘記録を確認しましたよ。すごいですね。これもトモエさんの教育のお陰ですか?」
「いや。私は少し背中を押しただけだ。まったく、有望なやつらが入ってくれて、ほっとしているよ」
「では、彼らは新人候補に?」
「初めはどうなるかと思ったが、今はそう思っている」

 その返答を聞いてチサトは少し驚いていた。

 トモエの会社は人数が少ない。だが、それは弱小である事を意味しない。実態は大企業であるイナビシが信頼を置く、精鋭集団だった。

 事故によって会社の存続が危ぶまれる前は、若者が多数応募してきた。しかし、勢いと実績を兼ね備えた者でもトモエが試用契約を結ぼうとする者は滅多にいない。

 それを聞いていたチサトは、トモエの課すハードルの高さを知っていた。

「トモエさんが新人候補に認めるなんて、相当筋がいいんですね。どこが気に入ったんですか?」
「変わろうとする意志だ」
「どうしてそれが大事なんですか?」
「人間には二種類いる。戦闘が好きでたまらない人間と、そうでは無い人間。私は後者からしか採用しない」
「その持論、昔から不思議だったんですよね。前者の方が向いていると思うのですが?」
「前者は人を傷つけるのが好きな類の人間だ。そういうやつを雇っても、チームとしてはまともに機能しない」

 トモエは過去を思い出す様に苦笑いをした。それを見てチサトが、うーんと唸った後に、質問する。

「でもそうすると、元から向いている人なんていないって事になりませんか?」
「そのとおりだよ。最初から満点のやつなんていない。だから、変わらないといけない」
「なるほど。でも、変わるってすごく大変ですよね」
「その一歩は恐怖でしかなく、踏み出す時は震えてしまう」

 トモエは実感を込めて語り、モニター越しに準備を進めるアオイとソウを見た。

「だから、それでも踏み出そうする人間が好きなんだ。例え、どんなに小さな一歩でも」

 そこへソウとアオイから音声が入る。

「トモエさん! 準備できました!」
「いつでもいけます」
「よし。作戦を開始する!」
「皆様、ご武運を」





 変化を乗り越えた者が新天地を手に入れられる。
 それは、この世界でも同じだった。

 入植前、アオイは想像もしなかった。新天地の現実を。ウラシェの厚い雲が覆い隠していた戦火を。そして、そこで変わろうとしている自分を。

 二人の半人前は変わり続ける。今日も、きっと明日も。
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