少女と恩人と新型攻性獣
〇黒曜樹海 資源採取戦指定区域 敵勢力内
黒曜の葉が作る暗がりを、四機の人型兵器が歩いていく。アオイとソウ、そしてオクムラ警備の二人の人戦機だった。
先頭を往くのは肩と腰の大型装甲板がブシの大鎧を思わせる、二体のシドウ一式だった。
そのコックピットにいるアオイが、気弱そうな丸めを左右にせわしなく動かしている。
「よし……。よし……。敵影見えません、って――」
モニター端に映る通信ウィンドウからトモエの顔が消えて、ノイズだけが残った。会話を電波形式から音波形式に切り替えて、インカム越しにソウへ話しかける。
「やっぱり通信が切れちゃった」
「周囲は敵勢力のドローンだからな。だが、そのうちに分布を改めるはずだ」
「すぐに通信が戻るといいんだけどね」
ソウと話し込んでいる一方で、オクムラ警備の声も聞こえた。
「ち。相変わらずいい腕だったじゃねえか。生意気だけど」
「任せられるってんならいいじゃねえか。レイジ」
苦笑いが自然に浮かぶ。だが、ソウの格闘技術が見事だと思ったのは同じだ。
「ソウ。すごかったね」
「近距離ならば負けない。ずっと繰り返していたからな」
「繰り返していた?」
「研究所の検証は、一対一の近距離からスタートする事が多かった」
「そっか。そういえば、支援が遅れて……、その――」
「なんだ。発言は明瞭に頼む」
躊躇の末、行き場のない不甲斐なさを言葉にした。
「あの。ご、ごめん……」
「謝罪は非効率だ。あの距離になれば支援は不可欠ではない。押し切れる」
ソウの返事はどこまでも平坦だった。
「さすがだね」
自分の支援など必要ないとも聞こえるが、今はソウに任せられる事に安堵した。
(よし。今のところは迷惑をかけてはいないみたい)
森の暗闇を掻き分けていくと、進路上にシドウ型機体がガトリングガンを携えて佇んでいた。その外見には覚えがある。
「あれは? ヨウコさんの?」
救援に来たヨウコ機を思い出す。うっかり話しかけそうになったが、緒戦の醜態が頭をよぎった。
「って、いけない……!」
ヨウコが味方とは限らない。それがトレージオン戦だ。
ソウと共に素早く樹の陰に機体を隠して、僅かにだけ頭部を出す。ヨウコ機から目を離さないまま、ソウへ話しかけた。
「ソウ。まだ構えていないみたいだけど、どうする? ……ソウ?」
返事が無い事を訝しむと、激したソウの声が突如響いた。
「お前! 相手をしてもらうぞ!」
大樹の陰からソウ機が飛び出した。弾かれたように、猛烈な勢いで駆ける。
尋常ではない反応に、咄嗟にソウを引き留める。
「ソウ! 待って! どうしたの!?」
「あの展開型レドーム!」
「レドーム!? 何の事!?」
「あの円盤状の装備だ!」
ソウの指摘とおり、ヨウコ機は円盤状のよく分からない装備を背負っていた。だが、それとソウの豹変が繋がらない。
「待って! なんでレドームって言うのと、ソウが――」
「あれを研究所で見た! もしかしたら、オレの何かを知っている!」
言い終わるや否や、ソウは制止を振り切って機体を走らせた。直ぐに後を追う。一方のヨウコ機はゆるゆると後退しながら、ガトリングガンを向けた。
「危ない!」
攻性獣の群れを粉砕した火力を思い出し、咄嗟に巨木へ機体を隠す。ソウも同じように身を潜めた。無数の風切り音と巨木を粉砕する騒音が耳を打つ。
「くぅぅ!」
銃撃が一息ついた頃、少しだけ頭部を出してヨウコ機を再確認する。モニターには、あって欲しい表示が無かった。
「射撃不可の表示がない……と言う事は」
「敵勢力か」
「助けてもらった恩人なのに」
「オレが気絶している時か。だが、それでも倒し合うのが、オレたちの仕事だ」
「それしかないとして、そのあと――」
「隠れろ!」
直後、隠れていた巨木の樹皮が爆ぜる。巨木を抉る威力に肌が粟立った。
「……なんて威力!」
「怖気づくな。撃破するぞ。その後に聞きたい事を聞く」
「でも、どうやって」
迷う間に、再度銃口を向けるヨウコの機体。三銃身が静かに回り出して数瞬後、銃口が光った。
「また来た!」
近くの物影に隠れる。
木立を照らす光の奔流が、破壊の轟音を撒き散らす。ガトリングガンの濃密な弾幕に、反攻する機会を見いだせなかった。
攻めあぐねているうちに、オクムラ警備の二機が追いついてくる。
「相手は一機だ! はぐれたのか!?」
「間抜けが!」
形勢は四対一で優位。すかさず軽機関銃をヨウコ機に向けた。
「今なら――」
弾道予測線の先にいるヨウコ機が、円盤状の物体を突き立てた。武器を構える訳でもない。不可解な行動に対して、困惑が口からこぼれた。
「なんであんなのを……? お皿みたい」
「皿ではない。展開型レドームだ」
「何それ? 武器じゃないみたいだけど……」
「考えても非効率だ! 一気にたた――」
「ちょっと待って! 周りの様子が変だ!」
視界に次々と敵性存在表示が表示されていく。
赤い四角と赤い瞳の群れが周りを取り囲んでいた。対攻性獣に設計された人戦機であっても、軽くあしらえる物量を越えている。
冷や汗が頬を伝う。
「攻性獣!? こんなに!?」
「タイミングが悪い!」
赤の波が、どこから手を付けていいか分からないほどいっぱいに広がった。
「ソウ! どうすればいい!?」
「近づいた攻性獣から撃破するしかない!」
「作戦無しって事!?」
「考えるよりも撃て! それが効率的だ!」
準備を整える間もなく、口火が切られた。大量の足音が、大波の如く迫りくる。視界の右から左まで、闇と赤い光点が映っている。
「右に来るぞ!」
「左も来てるよ!?」
「オレが右を倒す!」
「ボクは左をやればいいんだね!?」
左を向いてトリガーを絞る。曳光弾の翔ける先で甲殻が砕かれて、黄色い血肉が飛び散っった。
辛うじて連携らしきものを取れているが、近くにいる攻性獣から片っ端に照準を合わせて行くような拙い対応だった。
それでも攻性獣を押し返しつつあるのは、積み重ねに他ならない。
「よし! 第一波は撃破――」
しかし、視界の端に何かが光った。振り返った先には、無数のグレネード弾が宙を舞っていた。
「ソウ! あれ!」
「なに!?」
流星群がここへ墜ちようとしていた。
「逃げなきゃ!」
「了解!」
アサルトウィングの出力を上げると、巨大な手に押し付けれらたような加速度が全身を襲った。
「くぅ!?」
だが、そんな事は二の次だ。直後、背後でグレネードが爆ぜ狂う。
壁のような暴風が機体を突き飛ばした。
「ぐ!?」
爆風に煽られて、地面へ叩きつけられる。
辛うじて機体に損害はない。戦闘服に仕込まれた緩衝パッドと人工筋肉による関節固定おかげで、自身も怪我はなかった。
ソウ機が後ろを振り返った。
「グレネード!? アオイ! どうして――」
「前に見たから!」
爆炎が生む陽炎の向こうに、ヨウコ機が揺らめいていた。赤に照らされる機械仕掛けの戦士が醸す殺気に、思わず唾を飲む。
「……嫌なタイミングで!」
勢いづく出鼻をくじく絶妙なタイミングに、思わず語気を荒げる。一方のソウは冷静に周囲を見渡した。
「アオイ! こっちだ! 障害物を利用する!」
「了解!」
起伏を探し、ヨウコが見えない位置へ回り込む。その場所は、攻性獣がひしめき合うところでもあった。
「どうしてタイミングよく攻性獣が!? それに、なんでヨウコさんは襲われないの!?」
攻性獣は、攻性の名を冠するように攻撃的な生物だ。それは無差別的であるはずだが、ヨウコが攻性獣に襲われる気配はない。
不条理を嘆く間に、ソウは淡々と迫りくる攻性獣を処理していった。
「何か仕掛けがあるのかも知れないが、それを考えても非効率だ」
心はその答えをすぐには吞み込めなかったが、頭の方はソウの言う事が正しいと理解した。
「割り切るしかないか!」
「それを推奨する。奴のけん制に注意しろ」
「ガトリングガンと多連装グレネードランチャーって、遠距離だと極悪すぎる!」
共闘した時の頼もしさは、厄介さに変っていた。
勢いに乗るタイミングで、ガトリングの弾幕とグレネードランチャーの砲火が飛んでくる。ソウは舌打ちをしながらヨウコの機体を観察していた。
「潜り込めればいいが」
「攻性獣が邪魔すぎる!」
「排除しようにも接近時に集中砲火を浴びるな」
「そのための高火力装備って事!?」
その間も、右から左から攻性獣が攻めてくる。次々と突きつけられる情報の波をかき分けながら、ひたすらに援護に集中した。
(ソウのおかげで何とかなってる! とにかく、足を引っ張らないようにしないと!)
ソウの邪魔にならないように、一歩引きながら連携する。
その時、視界の端で、ヨウコ機が再びレドームを展開していた。悪寒がうなじをチリチリと刺激する。
「何かした! 意味が無いはずがない」
目の前に迫る軽甲蟻を撃破しつつ、周囲を観察する。そして、見慣れぬ影を見つけた。
視線を読み取って映像が拡大される。そこには初めて見る攻性獣が映っていた。
「あれは……。新型? ……気持ち悪い形」
馬のような四つ足に、人のような上半身が付いている。おおよその形を、ケンタウロスと言う者もいるかも知れない。
だが、他の攻性獣と同じように甲殻と毛皮が入り混じる異形に、赤い三つ目が付いている。さらに腕は引きずるほど長く、アンバランスさが見る者の心をざわつかせる。
「手長猿みたいな木の動物に、ウマみたいな地面の動物がくっ付いた形? あんな進化……ありえ――」
銃声が思考を遮った。
振り返ればオクムラ警備、けん制射撃を始めていた。半人半馬型攻性獣は嫌がるように身を縮める。オクムラ警備の二人は、安堵と嘲りが混ざった声を上げた。
「へ! 大げさな形の割に雑魚だな!」
「死んどけよ!」
オクムラ警備のけん制射撃の間に、ソウも半人半馬型攻性獣に近づき加勢する。攻性獣は相も変わらず身を縮めたままだった。
「随分おとなしいけど……。そんなはずが」
攻性を冠する生物らしからぬ行動に、嫌な予感が止まらない。そして、足の筋肉がはちきれそうになるくらいまで膨れ上がっているのを見た。
その瞬間、ゾワリとした悪寒が背中を走る。
(怯んでなんかない!)
まずい。そう思った時にはもう叫んでいた。
「突進してくる! 逃げて!」
すぐさま駆けだすソウの機体。オクムラ警備の二人も、数テンポ遅れて駆け出した。
直後、怒涛の勢いで半人半馬型攻性獣が突進を敢行する。
長い腕を狂ったように振り回し、木々をへし折る。重く硬い嵐は重金属の鞭を振り回しているようだった。それが凄まじい勢いで接近してくるのは、悪夢に他ならない。
「なにあれ!?」
脳裏に暴力の竜巻という言葉が浮かぶ。
狂乱の疾走から逃れるために、ソウ機が地面へ飛び込む様に宙を舞う。
「間に合え!」
脚先をわずかに掠めながら、ソウ機は突進を逃れる。着地の衝撃をくるりと逃し、こちらへ駆け戻ってきた。
「どうして分かった?」
「雰囲気で!」
「理解不能だが、助かった」
その後、半人半馬型攻性獣は再び距離を取る。見計らったように、軽甲蟻が入れ替わりに襲い掛かってきた。
迎撃のために構えると、ガトリングガンの弾幕が降り注いできた。綿密な連携に、いら立ちと焦りが声に混じった。
「他の攻性獣と、ヨウコさんと……。やりづらい! どうすれば!?」
「叩きやすい奴から叩く」
「分かった! ヨウコさんと、ケンタウロスみたいなやつは後回しね!」
「ケンタウロスが何かは知らないが、アイツの事か? 突進にだけ注意するか」
ソウが軽甲蟻の迎撃に集中する。突撃を躱しながらアサルトライフルの射撃を次々と加えた。
ソウの負担を減らすために軽機関銃で間引きをする。だが、半人半馬型攻性獣から意識を完全に切り離すことができなかった。
(何かを狙っている? 突進にしては遠すぎる距離を保っているけど。そもそもが、あの体で突進だけの方が変だ。陸一角とは違って色々できるはず)
「アオイ! どうした!?」
だが、ソウからの叱咤が飛んで、考察をやめざるを得なかった。
「弾幕が止まっているぞ!」
「く! 本当にあちこちから!?」
目の前の攻性獣の迎撃に専心する。
しばらくすると、わずかに襲撃が止む。その時、視界の隅に半人半馬型攻性獣の姿が映った。それは、遠く、ほんの一瞬だけだったので大した反応もせずに見逃しそうになる。
だが、無意識の考察が警告を上げた。悪寒に導かれ、半人半馬型攻性獣を再度凝視する。
映像が拡大されて行き、半人半馬型攻性獣の詳細を暴く。その姿を見たアオイは、顔を引きつらせた。
「あ、あれは!?」
黒曜の葉が作る暗がりを、四機の人型兵器が歩いていく。アオイとソウ、そしてオクムラ警備の二人の人戦機だった。
先頭を往くのは肩と腰の大型装甲板がブシの大鎧を思わせる、二体のシドウ一式だった。
そのコックピットにいるアオイが、気弱そうな丸めを左右にせわしなく動かしている。
「よし……。よし……。敵影見えません、って――」
モニター端に映る通信ウィンドウからトモエの顔が消えて、ノイズだけが残った。会話を電波形式から音波形式に切り替えて、インカム越しにソウへ話しかける。
「やっぱり通信が切れちゃった」
「周囲は敵勢力のドローンだからな。だが、そのうちに分布を改めるはずだ」
「すぐに通信が戻るといいんだけどね」
ソウと話し込んでいる一方で、オクムラ警備の声も聞こえた。
「ち。相変わらずいい腕だったじゃねえか。生意気だけど」
「任せられるってんならいいじゃねえか。レイジ」
苦笑いが自然に浮かぶ。だが、ソウの格闘技術が見事だと思ったのは同じだ。
「ソウ。すごかったね」
「近距離ならば負けない。ずっと繰り返していたからな」
「繰り返していた?」
「研究所の検証は、一対一の近距離からスタートする事が多かった」
「そっか。そういえば、支援が遅れて……、その――」
「なんだ。発言は明瞭に頼む」
躊躇の末、行き場のない不甲斐なさを言葉にした。
「あの。ご、ごめん……」
「謝罪は非効率だ。あの距離になれば支援は不可欠ではない。押し切れる」
ソウの返事はどこまでも平坦だった。
「さすがだね」
自分の支援など必要ないとも聞こえるが、今はソウに任せられる事に安堵した。
(よし。今のところは迷惑をかけてはいないみたい)
森の暗闇を掻き分けていくと、進路上にシドウ型機体がガトリングガンを携えて佇んでいた。その外見には覚えがある。
「あれは? ヨウコさんの?」
救援に来たヨウコ機を思い出す。うっかり話しかけそうになったが、緒戦の醜態が頭をよぎった。
「って、いけない……!」
ヨウコが味方とは限らない。それがトレージオン戦だ。
ソウと共に素早く樹の陰に機体を隠して、僅かにだけ頭部を出す。ヨウコ機から目を離さないまま、ソウへ話しかけた。
「ソウ。まだ構えていないみたいだけど、どうする? ……ソウ?」
返事が無い事を訝しむと、激したソウの声が突如響いた。
「お前! 相手をしてもらうぞ!」
大樹の陰からソウ機が飛び出した。弾かれたように、猛烈な勢いで駆ける。
尋常ではない反応に、咄嗟にソウを引き留める。
「ソウ! 待って! どうしたの!?」
「あの展開型レドーム!」
「レドーム!? 何の事!?」
「あの円盤状の装備だ!」
ソウの指摘とおり、ヨウコ機は円盤状のよく分からない装備を背負っていた。だが、それとソウの豹変が繋がらない。
「待って! なんでレドームって言うのと、ソウが――」
「あれを研究所で見た! もしかしたら、オレの何かを知っている!」
言い終わるや否や、ソウは制止を振り切って機体を走らせた。直ぐに後を追う。一方のヨウコ機はゆるゆると後退しながら、ガトリングガンを向けた。
「危ない!」
攻性獣の群れを粉砕した火力を思い出し、咄嗟に巨木へ機体を隠す。ソウも同じように身を潜めた。無数の風切り音と巨木を粉砕する騒音が耳を打つ。
「くぅぅ!」
銃撃が一息ついた頃、少しだけ頭部を出してヨウコ機を再確認する。モニターには、あって欲しい表示が無かった。
「射撃不可の表示がない……と言う事は」
「敵勢力か」
「助けてもらった恩人なのに」
「オレが気絶している時か。だが、それでも倒し合うのが、オレたちの仕事だ」
「それしかないとして、そのあと――」
「隠れろ!」
直後、隠れていた巨木の樹皮が爆ぜる。巨木を抉る威力に肌が粟立った。
「……なんて威力!」
「怖気づくな。撃破するぞ。その後に聞きたい事を聞く」
「でも、どうやって」
迷う間に、再度銃口を向けるヨウコの機体。三銃身が静かに回り出して数瞬後、銃口が光った。
「また来た!」
近くの物影に隠れる。
木立を照らす光の奔流が、破壊の轟音を撒き散らす。ガトリングガンの濃密な弾幕に、反攻する機会を見いだせなかった。
攻めあぐねているうちに、オクムラ警備の二機が追いついてくる。
「相手は一機だ! はぐれたのか!?」
「間抜けが!」
形勢は四対一で優位。すかさず軽機関銃をヨウコ機に向けた。
「今なら――」
弾道予測線の先にいるヨウコ機が、円盤状の物体を突き立てた。武器を構える訳でもない。不可解な行動に対して、困惑が口からこぼれた。
「なんであんなのを……? お皿みたい」
「皿ではない。展開型レドームだ」
「何それ? 武器じゃないみたいだけど……」
「考えても非効率だ! 一気にたた――」
「ちょっと待って! 周りの様子が変だ!」
視界に次々と敵性存在表示が表示されていく。
赤い四角と赤い瞳の群れが周りを取り囲んでいた。対攻性獣に設計された人戦機であっても、軽くあしらえる物量を越えている。
冷や汗が頬を伝う。
「攻性獣!? こんなに!?」
「タイミングが悪い!」
赤の波が、どこから手を付けていいか分からないほどいっぱいに広がった。
「ソウ! どうすればいい!?」
「近づいた攻性獣から撃破するしかない!」
「作戦無しって事!?」
「考えるよりも撃て! それが効率的だ!」
準備を整える間もなく、口火が切られた。大量の足音が、大波の如く迫りくる。視界の右から左まで、闇と赤い光点が映っている。
「右に来るぞ!」
「左も来てるよ!?」
「オレが右を倒す!」
「ボクは左をやればいいんだね!?」
左を向いてトリガーを絞る。曳光弾の翔ける先で甲殻が砕かれて、黄色い血肉が飛び散っった。
辛うじて連携らしきものを取れているが、近くにいる攻性獣から片っ端に照準を合わせて行くような拙い対応だった。
それでも攻性獣を押し返しつつあるのは、積み重ねに他ならない。
「よし! 第一波は撃破――」
しかし、視界の端に何かが光った。振り返った先には、無数のグレネード弾が宙を舞っていた。
「ソウ! あれ!」
「なに!?」
流星群がここへ墜ちようとしていた。
「逃げなきゃ!」
「了解!」
アサルトウィングの出力を上げると、巨大な手に押し付けれらたような加速度が全身を襲った。
「くぅ!?」
だが、そんな事は二の次だ。直後、背後でグレネードが爆ぜ狂う。
壁のような暴風が機体を突き飛ばした。
「ぐ!?」
爆風に煽られて、地面へ叩きつけられる。
辛うじて機体に損害はない。戦闘服に仕込まれた緩衝パッドと人工筋肉による関節固定おかげで、自身も怪我はなかった。
ソウ機が後ろを振り返った。
「グレネード!? アオイ! どうして――」
「前に見たから!」
爆炎が生む陽炎の向こうに、ヨウコ機が揺らめいていた。赤に照らされる機械仕掛けの戦士が醸す殺気に、思わず唾を飲む。
「……嫌なタイミングで!」
勢いづく出鼻をくじく絶妙なタイミングに、思わず語気を荒げる。一方のソウは冷静に周囲を見渡した。
「アオイ! こっちだ! 障害物を利用する!」
「了解!」
起伏を探し、ヨウコが見えない位置へ回り込む。その場所は、攻性獣がひしめき合うところでもあった。
「どうしてタイミングよく攻性獣が!? それに、なんでヨウコさんは襲われないの!?」
攻性獣は、攻性の名を冠するように攻撃的な生物だ。それは無差別的であるはずだが、ヨウコが攻性獣に襲われる気配はない。
不条理を嘆く間に、ソウは淡々と迫りくる攻性獣を処理していった。
「何か仕掛けがあるのかも知れないが、それを考えても非効率だ」
心はその答えをすぐには吞み込めなかったが、頭の方はソウの言う事が正しいと理解した。
「割り切るしかないか!」
「それを推奨する。奴のけん制に注意しろ」
「ガトリングガンと多連装グレネードランチャーって、遠距離だと極悪すぎる!」
共闘した時の頼もしさは、厄介さに変っていた。
勢いに乗るタイミングで、ガトリングの弾幕とグレネードランチャーの砲火が飛んでくる。ソウは舌打ちをしながらヨウコの機体を観察していた。
「潜り込めればいいが」
「攻性獣が邪魔すぎる!」
「排除しようにも接近時に集中砲火を浴びるな」
「そのための高火力装備って事!?」
その間も、右から左から攻性獣が攻めてくる。次々と突きつけられる情報の波をかき分けながら、ひたすらに援護に集中した。
(ソウのおかげで何とかなってる! とにかく、足を引っ張らないようにしないと!)
ソウの邪魔にならないように、一歩引きながら連携する。
その時、視界の端で、ヨウコ機が再びレドームを展開していた。悪寒がうなじをチリチリと刺激する。
「何かした! 意味が無いはずがない」
目の前に迫る軽甲蟻を撃破しつつ、周囲を観察する。そして、見慣れぬ影を見つけた。
視線を読み取って映像が拡大される。そこには初めて見る攻性獣が映っていた。
「あれは……。新型? ……気持ち悪い形」
馬のような四つ足に、人のような上半身が付いている。おおよその形を、ケンタウロスと言う者もいるかも知れない。
だが、他の攻性獣と同じように甲殻と毛皮が入り混じる異形に、赤い三つ目が付いている。さらに腕は引きずるほど長く、アンバランスさが見る者の心をざわつかせる。
「手長猿みたいな木の動物に、ウマみたいな地面の動物がくっ付いた形? あんな進化……ありえ――」
銃声が思考を遮った。
振り返ればオクムラ警備、けん制射撃を始めていた。半人半馬型攻性獣は嫌がるように身を縮める。オクムラ警備の二人は、安堵と嘲りが混ざった声を上げた。
「へ! 大げさな形の割に雑魚だな!」
「死んどけよ!」
オクムラ警備のけん制射撃の間に、ソウも半人半馬型攻性獣に近づき加勢する。攻性獣は相も変わらず身を縮めたままだった。
「随分おとなしいけど……。そんなはずが」
攻性を冠する生物らしからぬ行動に、嫌な予感が止まらない。そして、足の筋肉がはちきれそうになるくらいまで膨れ上がっているのを見た。
その瞬間、ゾワリとした悪寒が背中を走る。
(怯んでなんかない!)
まずい。そう思った時にはもう叫んでいた。
「突進してくる! 逃げて!」
すぐさま駆けだすソウの機体。オクムラ警備の二人も、数テンポ遅れて駆け出した。
直後、怒涛の勢いで半人半馬型攻性獣が突進を敢行する。
長い腕を狂ったように振り回し、木々をへし折る。重く硬い嵐は重金属の鞭を振り回しているようだった。それが凄まじい勢いで接近してくるのは、悪夢に他ならない。
「なにあれ!?」
脳裏に暴力の竜巻という言葉が浮かぶ。
狂乱の疾走から逃れるために、ソウ機が地面へ飛び込む様に宙を舞う。
「間に合え!」
脚先をわずかに掠めながら、ソウ機は突進を逃れる。着地の衝撃をくるりと逃し、こちらへ駆け戻ってきた。
「どうして分かった?」
「雰囲気で!」
「理解不能だが、助かった」
その後、半人半馬型攻性獣は再び距離を取る。見計らったように、軽甲蟻が入れ替わりに襲い掛かってきた。
迎撃のために構えると、ガトリングガンの弾幕が降り注いできた。綿密な連携に、いら立ちと焦りが声に混じった。
「他の攻性獣と、ヨウコさんと……。やりづらい! どうすれば!?」
「叩きやすい奴から叩く」
「分かった! ヨウコさんと、ケンタウロスみたいなやつは後回しね!」
「ケンタウロスが何かは知らないが、アイツの事か? 突進にだけ注意するか」
ソウが軽甲蟻の迎撃に集中する。突撃を躱しながらアサルトライフルの射撃を次々と加えた。
ソウの負担を減らすために軽機関銃で間引きをする。だが、半人半馬型攻性獣から意識を完全に切り離すことができなかった。
(何かを狙っている? 突進にしては遠すぎる距離を保っているけど。そもそもが、あの体で突進だけの方が変だ。陸一角とは違って色々できるはず)
「アオイ! どうした!?」
だが、ソウからの叱咤が飛んで、考察をやめざるを得なかった。
「弾幕が止まっているぞ!」
「く! 本当にあちこちから!?」
目の前の攻性獣の迎撃に専心する。
しばらくすると、わずかに襲撃が止む。その時、視界の隅に半人半馬型攻性獣の姿が映った。それは、遠く、ほんの一瞬だけだったので大した反応もせずに見逃しそうになる。
だが、無意識の考察が警告を上げた。悪寒に導かれ、半人半馬型攻性獣を再度凝視する。
映像が拡大されて行き、半人半馬型攻性獣の詳細を暴く。その姿を見たアオイは、顔を引きつらせた。
「あ、あれは!?」