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作者: 円宮模人
少女と故郷と働く理由


 開拓星ウラシェが浮かぶ恒星系のすぐ隣。距離にして一光年もない恒星系に、青く輝く星が浮かんでいた。

 それは、キシェルと呼ばれるアオイたちの母星だった。

 豊かな大地のゆりかごで、人類は宇宙開発時代目前まで文明を育んだ。しかし、とある災害により事態は急変する。

 大侵食。

 後にそう呼ばれる大災害は、宇宙から飛来した漆黒の巨塊群によりもたらされた。巨塊群は恒星系の惑星に次々と衝突し、人類は事前の対策も打てずに大打撃を被った。だが、災害はそれで終らない。

 各惑星に墜ちた漆黒の欠片は、周りの物質を侵食し始めた。大侵食と呼ばれる理由である。その勢いはとどまることを知らず、人類の生存圏を脅かした。

 人類の抵抗をあざ笑うがごとく、漆黒の物質はゆっくりと星を貪った。とうとう事態は切羽詰まり、浸食の無かった恒星系外縁まで逃げせざるを得なくなる。

 日の恵みが僅かな外縁での生活は過酷を極め、侵食が外縁まで届くのも時間の問題であった。

 人類は恒星間移住という賭けに出る。

 総力を注ぎ込み航行技術を開発した。宇宙船建造には惜しみない援助がされたが、それ以外はすべて冷遇された。文化、娯楽のみならず、必要ないとされた学問も含めてだ。

 新型航法実験船の事故によるクルーの死傷、いくつかの先遣調査船団の遭難など、莫大な物的、および人的犠牲もあった。しかし、人類は開拓をあきらめなかった。

 母星キシェルの青い空を肉眼で見た者がいなくなった頃、ある先遣調査船団から入植開始の連絡が入った。それが惑星ウラシェであった。

 母恒星系のすぐ近くで、テラフォーミングなしに移住可能な環境を持った惑星。そんな、何者かが用意したような星が無ければ、人類は宇宙の片隅でひっそりとその歴史を閉じていたかも知れない。





○フソウ ドーム都市内 サクラダ警備 給湯室

 習ってきた開拓史をアオイが思い出す間、トモエはコーヒーをすすっていた。一息ついて、トモエが説明を続ける。

「たくさんの人が死んだ。文化も娯楽も英知も捨てた。知っているか? 昔の方が進んでいた分野も沢山あったんだぞ? 小型電子機器とかは、大浸食前と同じレベルだ」
「どうしてですか?」
「無重力下での宇宙船建造だから、重量と体積は重要でない。恒星間渡航を前提とした耐久性が重要だ。手軽に持ち運べる民間向けとは正反対だ」

 手に持っていた携帯型情報端末を眺める。昔の人々も、似たような物を持っていたと想像した。

「入植直後は直後で人手と言う意味で余裕が無い」
「今はこんなに余っているのに……ですか?」
「ウラシェ発見直後に連絡しても、次が来るまで数十年だ。航路整備で短縮されたが、最初の頃はカツカツさ」
「なるほど」
「発展したのは私のような怪我人を働かせるためのサイボーグ技術と、誰でも感覚的に動かせる人型重機、そして重機から発展した人戦機くらいだ」

 トモエが掛けているバイザー型視覚デバイスを見る。それがあったからこそ、トモエは働けているのだろう。

「そんな事情が……。もっと普段の暮らしに便利な物があってもいいんですけど」
「ただただ追いつめられていた。移住以外にリソースは割けないからな」
「生き物の事も、学校では習いませんね」
「国に必要なのは宇宙船の組立作業者だから、最低限だけ学ばせて即労働だ。だから、お前たちが倒した陸一角りくいっかくと言う攻性獣が馬と似ていると分かる者も、多くはない。そもそも馬を知らないからな」

 事実、人工物に囲まれた避難基地で、人間以外の生き物について知っている者はほとんどいない。

 自然のあるウラシェならば気の合う者もいるかも知れない。その希望も叶わない。元から期待はしていなかったが、少しだけ気落ちした。

「……やっぱりなんですね。実は生き物の話をした時、返事が来ないと思っていました」
「私も聞きかじっただけだ。専門じゃない。そこまで興味があるなら、学校には行かないのか? ウラシェなら、そういった学校もあるにはあるぞ」
「その……。なんというか、学校に通おうと思っても……」
「ああ、カネがないのか」
「ええ……。そのとおりで……」
「私もフソウ人だからな。この国でカネを稼ぐ厳しさを良く知ってるよ」

 フソウは、アオイが属する貧困国だ。

 母星の旧大陸東部に位置する国で経済大国として名を馳せていたと聞いているが、その実感はない。今や貧困国の一つまで落ちぶれて、生まれた頃からそうだった。列強と呼ばれる経済大国ならば学生生活を謳歌している年頃であっても、働かないといけない。

 周りの誰もが貧困を生きている。身をもってそれを知っていた。

「武装警備員って、稼げる貴重な職業ですよね」
「ここで稼いで、第二の人生をと言う者も多いな」
「あ、あの……、ワタシは」
「いいんだよ。アオイが真面目に訓練しているのは知っている。成果を出してカネを貯めた後の事は、お前の自由さ。とにかく、今は目の前のことを頑張ってくれ」

 そう言ってトモエは背中をポンと叩き、給湯室から立ち去った。

「……そうだよね。頑張らないと!」

 両の拳に力を入れて気合を入れ直し、格納庫へ向かう。次の訓練に気合を入れ過ぎて、自宅に帰ると泥のように寝た。





〇???

 気づくとアオイは巨大な宇宙船が鎮座する格納庫にいた。

「ここは……。避難基地? ボク、家に帰ってベッドに入ったはずじゃ?」

 そこは渡航前に暮らしていた、母星のある恒星系外縁に建てられた基地だった。当然ながら、ウラシェから一晩で帰れるような距離ではない。

 混乱しながらあたりを見回すと、金属壁に映る自分の姿を見つけた。そこで更なる違和感に気づく。

「あれ? ボクの身体、小さくなってる? それに顔も子供っぽくなってるし」

 混乱を深める後ろから声がかかる。怖そうな男だった。

「おい! 何をさぼっている! さっさとこれを運べ!」

 巨大な透明の箱に、何に使うのか検討も付かない部品がぎっしりと詰まっている。

「あの、どこへ……」
「渡航船の配管内だろうが! 何を聞いていた!?」
「す、すみません」
「さっさと行け!」

 部品の入った箱を、力を込めて引っ張る。重力がないとは言え、慣性は消える訳ではない。飛んでいかないために仕込まれた靴底の磁石が、足枷のように足取りを重くした。

 周囲を見れば、同じように働いている子供たちが多数いる。群像の一人として、ひたすらに働く。

 情報端末の指示どおりに進むと、そこにはダクトが口を開いていた。先の見えない闇に足がすくむ。

「でも……、行かないと怒られちゃう」

 先ほどの怒声を思い出し、這いずるようにダクトに入る。そのままの姿勢で長く暗い狭路を、部品を曳きながら延々と進んだ。

 手と手、足と足。ガチリと磁石を張り付けて、渾身の力を込めて少しずつ進む。

「はぁ……。も、もう少し」

 ようやっと情報端末の指示地点までたどり着き、部品を取り付ける。そして、這いずりながら来た道を戻る。情報端末に指示された予定よりも少し遅れてしまったが、不自然な体勢での労働で体が重い。

 ようやっと狭いダクトを抜けると、先ほどの男が、怒りの形相で立っていた。

「遅い! フソウ人の分際で手抜きか? このプラントを作ったのは誰だ? 俺たちだ! 貴様らは俺たちに間借をしている身分だろうが!」

 男の怒声で、周囲の子供たちの視線が集まる。

 だが、誰も助けない。誰もが押し黙り、幼さの割に老け込んだ瞳の群れを向けた。

 周囲の静けさとは対照的に、男の怒声は過熱する。

「お前のような足手まといがいるだけで迷惑なんだよ!」
「あ、あの……」
「なんだ? 早く言え!」
「その……迷惑をかけるつもりはありません」

 絞り出した答えに満足したのか、男は鼻息を鳴らし立ち去って行った。それと同時に、虚ろな目をした子供たちも仕事に戻った。

 誰もが自分で手一杯。

 そんな、フソウの当たり前を思い出す。

「自分でどうにかしないと。お父さんも、お母さんも、もういないんだ」

 唇を噛み締めながら立ち上がり、次の箱を探しに行こうとする。だが、なぜか足が動かない。このままではまた怒られると思い、泣きそうになるくらいの不安に襲われた。

 懸命に足を動かそうとする背後から、少女の声が聞こえる。

「アオイ。大丈夫だよ。まだワタシがいるから」

 温かい声に、思わず振り返り手を伸ばそうとする。そこにはアオイに瓜二つの少女の顔があった。

「おねえ――」

 次の瞬間、見えたのは自室の暗い天井と虚空へ伸びた自分の手だった。

 ほとんどが寝床に占領されるほどの小さく、何も無い部屋。ウラシェに移住して、得たささやかな自室だった。

「嫌な夢……」

 そう呟いて伸ばした手を戻す。

「頑張らないと。待ってて」

 不安と焦りが混じった暗い呟きの底に、確かな決意を込める。

 借金を返済して、それ以上のカネも稼がないといけない。だから、どうしてもクビになる訳にはいかない。

「ソウに比べて、どれだけ不格好だって」

 そう、自分に言い聞かせた。





〇フソウ ドーム都市内 サクラダ警備社屋 格納庫内

 サクラダ警備の格納庫の中、トモエが何もせずに立っているように見える。だが実際は、バイザー型の視覚デバイスを経由して、トモエは仮想空間内の黒曜樹海を眺めていた。

 仮想空間で、二機のシドウ一式が攻性獣と戦っている。トモエはインカムをかけており、イヤホンからアオイとソウの声が聞こえていた。

「行くぞ! アオイ!」
「待って! まだリロードが済んでないよ!」

 トモエの眼下にいる、二体の人戦機が突っ込んでいく。トモエは空中で腕組みしながら見下ろしていた。

「さて、追いかけるか」

 仮想のコントロールパネルを操作すると、直立したまま滑るように移動する。

「ソウは、とにかく操縦技術がずば抜けているな。近距離戦闘では並みのベテランよりも強い。経歴を考えれば当然か。長所を伸ばすためには……」

 トモエがコントロールパネルを操作すると様々な銃器がリストアップされた。その中の一つにタッチする。

「よし、これだな。アオイの方は……」

 トモエが、視線を再び二機へ戻す。

 戦場を俯瞰ふかんしているトモエには、アオイ機体の背後へ忍び寄る軽甲蟻けいこうありが見えた。アオイは直前で存在に気づき、慌てて対応していた。

「アオイはまだおっかなびっくりだな。経験も浅いから仕方ない」

 直近の攻性獣を倒し終わり、索敵を行うソウ。そして、何かに気づき注意を促す。

「十二時の方向に軽甲蟻多数! 九時の方向からは新手の攻性獣!」
「確認したよ! 九時の方向のやつは、遅くて固い奴だと思う!」

 アオイの返答を聞いたトモエが、感嘆の息を漏らす。

「だが、光るものがある。初見の攻性獣も混ぜているが、的確に対応している。陸一角りくいっかくへの対応は偶然ではない」

 トモエがシャープなラインの顎に、指を添える。

「給湯室で話したとおり、長年の蓄積か。熟練操縦士でも滅多に見ない観察眼だ」

 トモエの唇が、嬉し気に歪む。

「未知の攻性獣がゴロゴロといるウラシェでは貴重な能力なんだがな……。ただの趣味と思っている所が、アオイらしいと言えばらしいか」

 自信なさげなアオイの言いようを思い出し、トモエの笑みに暖かさが混じった。

 トモエが今後の指導方針について考えている間に、攻性獣たちがアオイとソウへ迫る。ソウが、右、左と機体頭部を揺らす。

「どちらから片付けるべきか……」
「先に軽甲蟻を片付けよう! 固いそうな方は来るまで時間がかかると思う! 後回しでも大丈夫なはず!」
「了解! 急げ!」
「ちょっと待って! 速すぎるよ! 置いていかないで!」

 イヤホンに聞こえるアオイの反応を聴きながら、トモエが考察を織り上げていく。

「反射神経や操縦技術が追いついていないが、アイデア自体は良い。戦闘時に頭が回るタイプか、普段から考えているが口に出さないタイプか。妙な間があるから後者かな? アオイの特性を活かすなら……、この装備か」

 トモエが銃器のリストから、選んだ装備をタッチする。そうしている間に、アオイとソウは仮想上の攻性獣をすべて倒し終わった。

「目標撃破完了。シミュレーションを終了します」

 仮想の森のざわめきが、凍り付いたように動きを止めた。

「アオイ。ソウ。次のシチュエーションをセットする。そのまま待て」

 トモエが目の前に浮かんだディスプレイを操作すると、アオイとソウの機体が消えて、別の場所から出現した。先ほどまでの戦闘で負った損傷はすべて消えている。

「状況を開始する前に、二人とも自分の装備を確認しろ」

 アオイが、ゴーグルモニターに表示された装備を見た。

「トモエさん。これは?」
「対甲殻ライフルを、軽機関銃に変更した」

 アオイ機の目の前には、両腕で抱えるほど長銃が映っている。大型の箱型弾倉がついており、銃身も太い。

 今までのサブマシンガンとは比べ物にならない力強さを感じさせる質量だった。

「軽機関銃……。えっと確か……」
「連射性能に優れた火器だ。サブマシンガンよりも強力な弾丸を使う上に、弾倉容量も大きい。ソウの一歩後ろから、ソウに近づく敵をけん制するように運用してみろ。一歩引いた分、状況をよく見ておけ」
「でも、そうすると狙う余裕が……」
「細かく狙いをつけなくてもいい。バラまいて相手をけん制しろ」
「分かりました」
「近づかれたら、副武器のサブマシンガンで対応。距離で使い分けていけ」

 ソウも、自分の装備を確認する。

「オレはアサルトライフルですか」

 ソウ機が抱えるのは軽機関銃とサブマシンガンの中間程度の銃だ。近距離でも邪魔にならず、なおかつ力強さを感じさせる。

「お前は突撃癖があるからな。近距離での取り回しと火力を両立できるアサルトライフルを主武器とした方がいいだろう」
「了解。ですが、アサルトライフルとサブマシンガンは、有効射程距離が重複するのでは?」
「そのうちに別の副武器を付けるつもりだ。何を選ぶかはこれから決める」
「了解」
「では状況を開始する。ソウはいつもどおり、アオイは一歩引いて戦ってみろ」

 そうして、アオイとソウが攻性獣の群れと交戦を開始した。

 突っ込むソウをアオイが引き止め、ちょうどよい交戦距離を保っている。カウントアップされるスコアを見ながらトモエが笑みを浮かべる。

「二機合わせた方が、単独のスコアよりもいいな。技術だけではなく、性格的な相補性もあるという事か」

 ほどなくしてアオイとソウは目標を撃破し終えた。それと同時に、トモエの視界から仮想の森が消え、いつもの格納庫が映る。

「これなら、次の任務を入れてもいいな」

 アオイとソウの乗る二機のシドウ一式を見上げて、トモエは笑みを深めた。
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