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作者: 小説書き123456
1話
 くっ! 静まれ……静まるんだ! 俺の腹よ! 
 
 身体の中で暴れまわる『アイツ』を必死で抑え込みながら、彼はふらつく足取りで自身のホームへと向かう。
 
 ふっ、分かっていたとはいえ、『生命の白き礎』(牛乳)を取り込みすぎたか……。

 だが仕方ないじゃないか、男の子に生まれた以上、勝負から逃げるわけには行かないし、何よりあのクラスでは俺が一番吸収能力に優れているのだから……。
 
 しかし今回の事例はさすがに取り込みすぎたことは否めない。  

 あの場では仲間に心配されないようにクールフェイスを気取っていたけれど、それもすでに臨界点を越えつつある。

 このまま限界を迎えて『アイツ』が屋外で解き放たれるのが先か、それともホームに存在する『封印の間』へと封印することができるか……確率は三分と七分ってところだが……分の悪い賭けは嫌いじゃないぜ。

 臀部の筋肉を締め上げて中央に位置する『ゲート』を強化する。 

 すでに『アイツ』はゲートへとたどり着き、ドロドロとしたそれが『ゲート』をこじ開けようともがいている。

 少しでも気を抜いたら、僅かとはいえ『アイツ』が流れ出してしまう。 それだけは阻止しなければいけない。 
 
 そんな罪を犯してしまえば、十四年間積み上げた自分自身の矜持が崩れ去ってしまう。

 そして彼は彼自身で無くなってしまう。 
 
 この世全てから唾棄される存在である『アイツ』を垂れ流した罪人として一生背負って生きていくしかなくなる。
 
 だからこそ彼は自身の尊厳と全てをかけて『アイツ』が解き放たれないように自身の身体の中で抑え込んでいる。

 そして賭けはどうやら彼の勝ちなようだ。

 やっと封印の地であるマイホームへとたどり着くことが出来た。  
 
 幸いなことに腹の中の『アイツ』の胎動は小康状態となっている。
 
 だがすぐにまた動き出すことだろう。 だからこそ急がなければならない。    
 
 すでに『ゲート』は決壊寸前であり、開きかけるゲートを抑えるために筋肉を締め上げているので、大分前から彼はつま先立ちになってしまっている。

 『アイツ』を刺激しないようにゆっくりとホームへの扉へと近づく。 扉を開けるにはその前に鎮座する『芳しい香りを放つ刺の花』(バラ)の台座の下にある解除キーが必要なのだが……。 

 そ、そんな……。 顔が絶望に歪む。 
 
 キーが無いのだ……。 本来そこに鎮座してるはずのキーが無い。
 
 おのれ、母さんか……! 忘れたな! 忘れたんだな! お母さ~~ん!
 
「ぐっ……あっ……ま、まずい……あいつが……あいつが……動き出し……た」
  
 絶望によってゲートを押さえる力が一瞬弱まったのを見逃さず『アイツ』はゲートへと突進してくる。 すでにゲートはユルユルになりつつあり、いつアイツの一部が現世へと出てきてもおかしくない。
 
 そして少しでも『アイツ』が出てきてしまえばそれをきっかけにゲートは崩壊し、『生命の白き礎』がメタモルフォーゼした姿で顕現してしまう。
 
 そしてそれは全てが終わることと同義だ。

 グルルルルッ! グルルルルッ! グルルルルッ!

 獣の咆哮にも似たそれは『アイツ』が『後門』に最後の突進をかまそうとする宣言だ。

 終わった……終わってしまった……。 とうとう生まれてしまう……『アイツ』が現世に出てきてしまう!

「ああ……あっ?」

 せめて、外から見えないところで出そう思い、窓に指をかけた際、カラカラと窓が開いたことに気づいた。

 諦めるな! まだ全ては終わってない……絶望するには早すぎる!
 
 誰かの声が脳内に響いた。 とても懐かしく暖かいそれについて思考する暇など無く、

「う、うわああああああああああああああああああ!」
 窓を駆け上り、他の何にも目もくれず、封印の間へと向かう。 すでに『門』はパクパクと開いたり閉じたりしている。

 そしてそこへと『アイツ』が……ドロドロとした忌むべき『アイツ』が門を完全に破壊するために突っ込んできた。

 駄目だ! 間に合わな……いやっ、まだ諦められるか! 
 
 視界が真っ白になるのを拒否し、両側から『門柱』を両手で挟みこんで、無理やり『ゲート』を閉じる。 

 絶対に……絶対に……この両手は……離しはしない!
 
 それは信じられない出来事だった。 瞬きしていたら見逃してしまうほどの超スピードにより、彼はそれを達成したのだ。

 窓を駆け上がり、着地したと同時にズボンを両手で一気に下げる。 
 
 太ももまで下がったズボンは当然のことながら重力に逆らえ足首に向かってずり落ちていくので、そこを見逃さず脱皮するように片足をズボンから抜いて走り出す。 
 当然まだ片足にしがみついているズボンを、走るために足を上げた時の勢いで蹴り飛ばす。 ズボンは居間の床へとフワリと落ちた。

 そしてその間も彼の両手は臀部を万力のように締め上げていたことは言うまでも無い。
 
 ここまでの工程をわずか一秒にも満たない速度で彼は成し遂げた。

 しかしそこまでしたところでも猶予は僅かにも無い。 もはやいつ暴れ狂う『アイツ』が噴き出すかわからないのだ。
 
 考えるよりも早く……。 思うよりも強く……。 そして希望を捨てず……彼は封印の間へとたどり着いた。 
 
そしてそれとほぼ同時に『アイツ』は現世に産声を上げた……。

「ブシャアアアアアアアアアアアアア!」

 封印の間に大きな音が響き渡る。 果たして結果はどうなったのか?

 石像のように封印の間に座り込む……彼はまだ何も答えない。

「くっくっく……はははは……はははははは……」

 狂ったように笑い出す。 笑いが止まらないのだ。

「間に合った!間に合ったぞ……俺は……間に合った!賭けに勝ったんだ~!」
 
 勝利の雄たけびを上げる彼の下で、封印される運命の『アイツ』の咆哮も響き渡っていた。

 だが封印を完了させるための護符が無いことに彼はまだ気づいていない。
 
 それに気づくまではどうか勇者に束の間の喜びを……。
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